会員システムを使う人の、大人の算数・国語・論理的思考

お金を扱う大人の算数、第5回。ここまで、税込と税抜のどちらを基準にするのかを考えてきました。今回は、「両方持てばよいのではないか」という疑問に答えます。

今回のテーマ

では、税込と税抜の両方を持っておけばよいのではないか。

この回の役割 ・ データ設計の原則
両方を保存することはできます。しかし計算の起点は一つにする。正本・派生値・入力項目・再計算という、データ設計の原則を考えます。

要点先に、この回の要点

税込と税抜の両方を保存することはできますが、両方を「正解」として扱うことはできません。どちらから計算を始めるか(正本)を一つに決め、もう一方はシステムが計算します。決めていないと、一つの商品に二つの税込価格が生まれます。

  • 両方を人が入力できると担当者ごとに数字が食い違い、商品画面1,100円・請求書1,078円のような矛盾が起きる。
  • 問題は「両方持つこと」ではなく「どちらから計算するか決まっていないこと」。
  • 入力欄を増やすほど間違いは減らず、人が判断する場所が増える。計算の起点を一つに定め、もう一方は自動計算・記録する。

ここまで、税込と税抜のどちらから計算を始めるかによって、端数の出方が変わることを見てきました。すると、こんな疑問が出てきます。

税込と税抜の両方を持っておけばよいのではないか。

確かに、システムには両方を保存できます。税込価格。税抜価格。税率。税額。項目を用意すること自体はできます。しかし、両方を持つことと、両方から計算することは違います。

一つの商品に、二つの税込価格が生まれる

たとえば、次の価格が登録されていたとします。

! 登録内容
税込価格:1,100円
税抜価格:980円
税率:10%
税抜980円から税込を計算すると1,078円
一つの商品から生まれる税込価格
登録された税込価格1,100円
税抜980円から計算した税込1,078円
不一致 一つの商品に、二つの税込価格が生まれた。

では、どちらを使うのでしょうか。商品画面は1,100円。請求書は1,078円。そのようなことが起きれば、お客様にも説明できません。

問題は、税込と税抜の両方を持つことではありません。
どちらから計算するのかが決まっていないことです。

大切なのは、計算の始まりを一つに決めること

たとえば、税込価格を人が決めるなら、税抜金額と税額はシステムが計算します。反対に、税抜価格を人が決めるなら、税込価格はシステムが計算します。どちらの方法でも構いません。大切なのは、計算の始まりを一つに決めることです。

計算の始まりを一つに決める
  • 税込を人が決めるなら——税抜金額と税額はシステムが計算する
  • 税抜を人が決めるなら——税込価格はシステムが計算する

入力欄を増やすほど、人の判断が増える

両方を人が入力できるようにすると、担当者によって数字が変わります。税込価格だけを直す人。税抜価格だけを直す人。両方を直す人。片方は自動で変わると思う人。

入力欄を増やすほど、間違いが減るとは限りません。むしろ、人が判断する場所が増えます。

税込と税抜の両方を保存することはできます。ただし、計算はどちらか一方から始めます。もう一方は、そこからシステムが求めます。

誰が決め、何が計算され、何を残すのか

税込と税抜の両方を保存すること自体はできます。問題は、どちらを正本にし、いつ再計算するか。判断・計算・記録に分けて整理します。

人が決めること
  • どちらを正本にするか
  • どちらを編集可能にするか
  • いつ派生値を再計算するか
システムが計算すること
  • 正本から派生値を生成する
  • 税率変更時に再計算する
  • 差額や不整合を検出する
記録として残すこと
  • 正本価格
  • 派生価格
  • 税率
  • 計算日時
  • 手入力か自動計算か
両方管理を、仕様書の言葉にすると

税込と税抜の両方を保存しておく。

税込価格と税抜価格を保存するが、税込価格を正本とする。税抜価格は税込価格と税率から自動算出し、直接編集できないものとする。取引確定後は再計算せず、確定時の両価格を保存する。

両方を保存することはできます。しかし、両方を正解として扱うことはできません。重要なのは、計算の起点を一つに定め、同じ商品なら同じ派生値を再現できることです。

現場では、こうなる

商品マスタの税込と税抜が食い違い、どちらが正しい価格なのか、誰も断言できなくなる。

今回、覚えておきたいこと
設計の第5段 / 12 ・ 正本を決める
両方を持ってもよい。しかし、両方から計算してはいけない。

税込と税抜の問題で大切なのは、保存する項目の数ではありません。どの数字から計算を始めるのか。それを決めることです。より正確に言えば、同じ用途の正本として、税込と税抜の両方を独立した計算の起点にしてはいけない、ということです。

Series ・ 特別編 大人の算数・国語・論理的思考 ― 連載一覧へ

よくあるご質問(FAQ)

Q税込と税抜の両方を保存すれば、問題は起きませんか?
A

保存自体は可能ですが、どちらを正本にするか決めないと、同じ商品に二つの税込価格が生まれ、商品画面と請求書が食い違うことがあります。

Qなぜ両方を人が入力できるようにしてはいけないのですか?
A

担当者ごとに片方だけ直す・両方直すなどの操作差が生まれ、数字が食い違うからです。入力欄を増やすほど人が判断する箸所が増え、間違いが減るとは限りません。

Qどちらから計算を始めるべきですか?
A

人が決める価格(正本)を一つに定め、もう一方はシステムが自動計算します。税込を人が決めるなら税抜・税額は自動、逆も同様です。

Q両方を「正解」として持つことはできますか?
A

できません。両方を保存はできても、両方を正解として扱うと再計算のたびにずれます。計算の起点を一つに定めることが要点です。

岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。

30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、仕様は画面や機能だけでは完成せず、金額・言葉・条件という「基礎」をそろえて初めて一つに決まると考えるようになりました。この特別編では、その基礎を大人の算数・国語・論理的思考として整理しています。

「人との関係は設計できるのか」という問いに、これからも愚直に向き合い続けていきます。

← 大人の算数・国語・論理的思考 連載一覧へ