「パスワードは8文字以上、英大文字・小文字・数字・記号を混ぜましょう」――長年あたりまえとされてきたこのルールは、いつ生まれ、なぜいま見直されつつあるのでしょうか。この記事では、パスワードの推奨ルールが約40年でどう変わってきたかを振り返ります。

まずは、40年の変遷をひと目で。

目次 / TIMELINE
パスワード推奨桁数40年史のタイムライン。1985年:パスワードは6文字で十分だった(abc123/6文字)。1995年:8文字以上にしてください(passw0rd/8文字以上)。2005年:英大文字・小文字・数字を混ぜてください(Password1/10文字程度)。2015年:記号も入れてください(P@ssw0rd!/12文字程度)。2025年:いや、長ければいいです。15文字以上にしてください(coffee-river-sunset-book/15文字以上)。
推奨ルールは「複雑さ」から「長さ」へ。1985→2025の変遷。

まずは40年の変遷をひと目で

パスワードの歴史を振り返ると、その考え方は「短さ」→「複雑さ」→「長さ」へと変化してきました。そして今、Apple、Google、Microsoftが目指しているのは、その先にある「パスワードレスの世界」です。

時代一般的な考え方
1980年代6~8文字程度で十分と考えられていた
1990年代8文字以上が主流になる
2000年代大文字・小文字・数字の組み合わせが推奨される
2010年代記号を含む複雑なパスワードが推奨される
2020年代複雑さより長さ。15文字以上のパスフレーズへ

推奨ルールは「複雑さ」から「長さ」へと大きく方向転換しています。

1. なぜ「6~8文字」で十分だったのか(1980年代)

1980年代、多くのコンピュータは企業や大学などの限られた環境で利用されていました。インターネットはまだ一般的ではなく、世界中から誰でも攻撃できる時代ではありません。

また、当時のコンピュータ性能は現在とは比較にならないほど低く、総当たり攻撃(ブルートフォース攻撃)を行うにも膨大な時間が必要でした。そのため、6〜8文字程度のパスワードでも、実用上は十分な防御策と考えられていたのです。

当時は「いかに長くするか」よりも、「利用者が覚えられるか」が重視されていた時代でした。

2. 「複雑さ」が常識になった時代(1990年代~2010年代)

1990年代後半から2000年代にかけてインターネットが急速に普及すると、状況は一変します。企業システムや会員サイトがネットに接続され、攻撃者も世界中からいつでもパスワードを試せるようになりました。そこで広まったのが、以下のルールです。

当時のIPA(情報処理推進機構)も、複雑なパスワードと十分な文字数を推奨していました。当時の考え方は、「長さよりも複雑さ」でした。

「複雑さ」が招いた本末転倒な現実

しかし、この方法には大きな問題がありました。複雑すぎるパスワードは覚えられないため、「メモに書く」「他サイトで使い回す」「数字だけ変更する」といった行動が増えました。

皮肉な状況

「セキュリティを高めるためのルール」が、逆にセキュリティを下げる――という皮肉な状況が発生したのです。

定期変更もまた、見直された常識

1990年代から2010年代にかけて、多くの企業では30日・60日・90日ごとのパスワード変更を義務付けていました。しかし現実には、次のような変更が繰り返されるだけでした。

さらに、パスワードをメモする、使い回す、再発行が増えるといった副作用も発生しました。

こうした研究結果を受け、NISTは2017年に大きく方針を転換します。現在は、パスワード漏洩や不正利用の疑いがある場合を除き、定期変更を強制する必要はないという考え方が主流になっています。

「定期変更」から「必要時変更」へ。これもまた、パスワード史の大きな転換点でした。

パスワード(複雑さ)vs パスフレーズ(長さ)の防御力比較。複雑な8文字 P@ssw0rd! は解析にかかる時間がわずか数秒~数時間で、機械にとってはパターンが少なすぎる。単語を繋げた25文字 coffee-river-sunset-book は解析に数百年以上かかり、人間には覚えやすく機械には突破不能。記号を混ぜるより、文字数を増やす方が圧倒的に安全(日米セキュリティ機関の最新基準)。
「複雑さ」より「長さ」。記号を混ぜるより、文字数を増やす方が圧倒的に安全。

3. そして「長さ」の時代へ(2017年~現在)

2017年以降、NISTは「複雑さ」よりも「長さ」を重視する方向へ転換しました。例えば、P@ssw0rd!Welcome123! のような複雑な文字列よりも、coffee-river-sunset-book のような長いパスフレーズの方が安全で覚えやすいと考えられるようになりました。

現在のNISTガイドラインでは、単要素認証の場合、15文字以上を受け付けられるようにすることが推奨されています。つまり、パスワードは「複雑にするもの」から「長くするもの」へ変わったのです。

ただし「単語を並べるだけ」では危険な場合も

攻撃者は辞書攻撃(ワードリスト攻撃)を利用します。そのため、iloveyouforeverhappybirthdaytoyou のような予測しやすいフレーズは危険です。理想は、coffee / river / sunset / book のような無関係な単語を組み合わせることです。

パスフレーズの強さは「予測されにくさ」がカギ。攻撃者は辞書攻撃(ワードリスト攻撃)を利用する。危険な例:iloveyouforever(愛や感情に関する定番フレーズ)、happybirthdaytoyou(誕生日などのイベントワード)は辞書・ワードリストに含まれるため数秒~数時間で突破される可能性が高い。安全な例:coffee-river-sunset-book のように無関係な単語を組み合わせると、辞書に存在しない膨大なパターン数になり、現実的な時間では突破不可能(解析に数百年以上)。人間には覚えやすく、機械には突破困難。まとめ:長くすることに加え、「予測されにくい単語の組み合わせ」が最も効果的な防御になる。
長さに加えて「予測されにくさ」がカギ。定番フレーズは辞書攻撃で一瞬、無関係な単語の組み合わせは突破困難。

4. 会員サイト運営者がいま直面する「セキュリティと利便性」の罠

ここ数年、私自身が会員サイトや継続課金システムの運営・支援に携わる中で、ある変化を強く感じています。それは、「パスワードを忘れた」「ログインできない」という問い合わせが、以前より明らかに増えていることです。

以前であれば、「昔登録したパスワードを思い出せない」というケースが中心でした。しかし最近は、少し様子が違います。実際には、次のような利用者が珍しくありません。

中には、「ログインのたびにパスワード再発行を行う」ことが習慣になっている人もいます。つまり、パスワードを管理することそのものが負担になっているのです。

会員サイトに起きている「認証疲れ」

現在、一人の利用者は数十、多い人では100を超えるサービスを利用しています。Amazon、楽天、Netflix、銀行、証券会社、保険会社、携帯電話会社、自治体サービス、各種会員サイト――日常生活だけでも膨大な数のアカウントを持っています。

しかも、それぞれでルールが違います。あるサイトでは「8文字以上」で良かったのに、別のサイトでは次のようなルールになっている。

利用者から見ると、「どのサイトがどのルールだったか覚えていられない」のです。結果として、ログイン画面の前で立ち止まり、パスワード再設定へ進み、場合によっては問い合わせへつながります。

利用者の敵はハッカーではなく、「ログイン画面そのもの」になっているケースも少なくありません。

パスワード忘れは利用者の問題ではなく、運営コストの問題

利用者からすると、「忘れたら再発行すればいい」という発想になります。しかし運営側から見ると、次のようなコストが発生します。

つまり、パスワード忘れは利用者の問題ではなく、会員ビジネスのコスト問題でもあるのです。特に継続課金サービスでは、ログインできないことがそのまま解約・利用停止・継続率低下につながるケースもあります。

「スマホ老眼」が新しい課題になり始めている

近年は「スマホ老眼」という言葉も聞かれるようになりました。スマートフォンを長時間利用することで、小さな文字の判別が難しくなる現象です。実際にログイン支援をしていると、利用者本人は正しく入力したつもりでも、次のような文字の区別がついていないケースがあります。

さらにスマートフォンでは、@%& といった記号を入力するためにキーボードを切り替える必要があります。その結果、本人は正しく入力したつもりでも、実際には別の文字になっている。運営者から見れば入力ミスですが、利用者から見れば「ログインできない」「システムがおかしい」という体験になります。そして、その不満は問い合わせとして現れます。

実は高齢者だけの問題ではない

この問題はシニア世代だけの話ではありません。若い世代もまた、パスワード文化そのものから離れつつあります。20代・30代の利用者は、「IDとパスワード」よりも「Googleでログイン」「Appleでサインイン」の方に慣れています。

スマートフォンの普及によって、「文字を覚える」より「顔認証する」方が自然な行動になっているのです。つまり、若い世代はパスワードが難しいから嫌なのではありません。そもそも、「なぜパスワードを入力しなければならないのか」と感じ始めています。

セキュリティ対策が顧客体験を壊している可能性

ここで一度立ち止まって考えてみたいと思います。会員サイト運営者の多くは、「厳しくするほど安全」と考えています。しかし実際には、会員登録離脱・ログイン離脱・購入離脱・サポート問い合わせ増加が発生します。

セキュリティ強化のつもりが、売上や継続率を下げている可能性もあるのです。

重要なのは、利用者にどれだけ難しいパスワードを作らせるかではありません。本当に重要なのは、「利用者が安全に、迷わずログインできるか」です。

多くの会員サイトは「30年前の常識」のまま

ここまで見てきたように、世界のセキュリティ基準は「複雑さ・定期変更重視」から「長さ・利便性・パスワードレス重視」へと変化しています。しかし、多くの会員サイトでは今でも「8文字以上必須」「英大文字必須」「記号必須」「コピペ禁止」「16文字まで」といったルールが残っています。

理由の一つは、認証ルールがレガシー化しているからです。会員システムは一度導入すると、5年、10年、20年と利用されます。すると、導入当時は最先端だったルールが、そのまま固定化されてしまいます。つまり、システムは更新されても、認証ポリシーは更新されていないのです。

会員サイト運営者が今すぐ見直すべき3つのチェックポイント

① 長いパスワード(パスフレーズ)に対応しているか

15文字以上、できれば64文字以上を許容できるか。

② コピペ禁止などの「隠れたUXの罠」はないか

パスワードマネージャー利用者に不便を強いていないか。

③ MFAやパスキーへの対応ロードマップはあるか

認証は「強くする」だけでなく、「楽にする」ことも重要。

私たちが向き合うべき課題は、パスワードの強度だけではありません。本当に問われているのは、「人間の限界に合わせて認証を設計できているか」ということです。そして、その問いに対する答えとして、Googleログインやパスキー、そしてパスワードレス認証が広がり始めているのです。

5. パスワードの次に来るもの ― パスキーとパスワードレス認証

Apple、Google、Microsoftが目指しているのは、「もっと強いパスワード」ではありません。「パスワードそのものをなくすこと」です。

パスキーでは、Face ID、Touch ID、Windows Hello、指紋認証などを利用して本人確認を行います。利用者はパスワードを覚える必要がありません。また、フィッシングやパスワード漏洩への耐性も高く、現在最も注目されている認証技術の一つです。

6. 「Googleでログイン」が広がった本当の理由

私たちはすでにパスワードレス時代の入口に立っています。その代表例が、「Googleでログイン」「Microsoftでログイン」「Appleでサインイン」です。

Googleログインは、「Googleが本人確認を代行する仕組み」です。利用者は新しいパスワードを作る必要がなく、登録やログインの手間を減らせます。会員ビジネスにおける最大のメリットは、会員登録率の向上です。

Googleログインパスキー
パスワード管理Googleが管理不要
特定プラットフォームへの依存ありなし
フィッシング耐性高い非常に高い
UX良い非常に良い

Googleログインは「パスワードをGoogleに任せる仕組み」、パスキーは「パスワードそのものをなくす仕組み」です。

「Googleログイン」と「パスキー」の仕組み・データフローの違い。Googleログイン(認証の代行):①会員サイトで「Googleでログイン」をクリック ②Googleが本人確認(パスワードや二段階認証など)を行う ③Googleから会員サイトへ「本人であることの証明」(トークン/証明書)を送信 ④証明を受け取り、ログイン完了。会員サイトはパスワードを持たなくて済むが、認証の命綱をGoogleに握られている(Google依存)。パスキー(認証の消滅):①スマホで顔認証(Face ID)や指紋認証を行う ②端末内部で「秘密の鍵(秘密鍵)」がパカッと開く(外には出ない)③スマホと会員サイトの間で暗号データだけを直接やり取りし、一瞬でログイン完了 ④暗号データを検証し、ログイン完了。ネットワーク上のどこにも「パスワード(秘密の文字列)」が流れない究極の安全策。つまり、Googleログイン=パスワードの管理を他社に任せる仕組み、パスキー=パスワードという存在自体を世界から消す仕組み。
Googleログインは「管理を他社に任せる」、パスキーは「パスワードを世界から消す」。仕組みとデータフローの違い。

7. パスワード管理アプリが普及しても、ログイン問題はなくならない

ChromeやSafari、Edgeがパスワードを保存してくれる時代になりました。しかし重要なのは――

危険なのは「ブラウザが覚えていること」ではなく、「パスワードそのものが存在していること」です。

利用者が覚えていなくても、どこかに「秘密の文字列(パスワード)」が存在しています。だからこそ、フィッシング、リスト型攻撃、パスワード漏洩といった問題が発生します。ブラウザ保存は「パスワード管理を楽にする技術」であって、「パスワード問題そのものを解決する技術」ではないのです。

パスキーは発想そのものが違う

パスキーでは、利用者もパスワードを覚えず、サービス事業者もパスワードを保存しません。つまり「入力するパスワードそのものが存在しない」のです。だからこそ、パスワード漏洩という問題そのものを減らせます。

8. GAFAも「パスワードレス」へ舵を切っている

パスワードレス認証は、一部の先進企業だけの話ではありません。Apple、Google、MicrosoftはFIDO Allianceとともに、パスキーを中心としたパスワードレス認証を推進しています。

つまり世界最大級のIT企業は、「パスワードを強化する」から「パスワードをなくす」へ向かっているのです。会員サイト運営者にとっても、認証を単なるセキュリティ機能としてではなく、会員体験(UX)そのものとして考える時代が始まっています。

参考資料

9. 会員ビジネスが向かう先

会員サイトの認証は、次のような進化を辿っています。

  1. 会員ID+パスワード
  2. メールアドレス+パスワード
  3. Googleログイン・Microsoftログイン
  4. パスキー
  5. 完全パスワードレス

つまり、「短さ → 複雑さ → 長さ」の次に来るのは、「パスワード不要」という世界です。

なぜ会員サイトは「30年前の常識」から抜け出せないのか

世界のセキュリティ基準は「複雑さ・定期変更重視」から「長さ・利便性・パスワードレス重視」へと変化しています。しかし、多くの会員サイトでは今でも「8文字以上必須」「英大文字必須」「記号必須」「コピペ禁止」「16文字まで」といったルールが残っています。

理由の一つは、認証ルールがレガシー化しているからです。会員システムは一度導入すると5年、10年、20年と利用されます。すると、導入当時は最先端だったルールが、そのまま固定化されてしまいます。つまり、システムは更新されても、認証ポリシーは更新されていないのです。

セキュリティ対策が顧客体験を壊している可能性

さらに問題なのは、「厳しくするほど安全」と思い込んでいるケースです。実際には、会員登録離脱・ログイン離脱・購入離脱・サポート問い合わせ増加が発生します。

セキュリティ強化のつもりが、売上や継続率を下げている可能性もあるのです。

重要なのは、「利用者が安全に、迷わずログインできるか」です。その意味で、Googleログインやパスキーの普及は、単なるセキュリティトレンドではなく、会員体験そのものを見直す流れとも言えるでしょう。

会員サイト運営者からよくある質問(FAQ)

QパスキーやGoogleログインを導入したら、高齢層のユーザーが混乱しませんか?
A

むしろ逆です。高齢層ほど複雑なパスワードの入力や管理に苦労されています。普段スマホのロック解除で使い慣れている「指紋」や「顔(顔認証)」でログインできるようになるため、導入後は「ログインできない」というシニア層からの問い合わせが大幅に減少する傾向にあります。既存のパスワードログインと併用して選択制にすることから始めるのがおすすめです。

Q自社の会員システムをパスワードレス化するには、莫大な開発コストがかかりますか?
A

ゼロから自社専用に開発しようとすると、セキュリティ要件の定義も含め数百万〜数千万円のコストと数ヶ月の期間がかかるケースがあります。そのため、現代の会員ビジネスでは、最初からパスフレーズやパスキー、多要素認証(MFA)が標準実装されている『PayAI NEXT』のような最先端の認証基盤(IDaaS)をプラグインやAPI連携で導入することが、最もコストパフォーマンスが高くスピーディな解決策となります。

まとめ

この40年間で、パスワードに対する常識は大きく変わりました。

そして現在、Google、Microsoft、Appleといった世界最大級のIT企業は、「パスワードを強化する」から「パスワードをなくす」へ向かっています。

会員ビジネスにおいて認証は単なるセキュリティ機能ではありません。会員登録率、継続率、購入率、サポートコストにも影響する重要な顧客接点です。だからこそ、これからの会員管理システムに求められるのは、「複雑なパスワードを覚えさせること」ではなく、「安全で、迷わず、ストレスなく利用できること」です。

PayAI NEXT が目指すもの

PayAI NEXTがパスワードレス認証をコンセプトのひとつに据えているのも、そのためです。

目指しているのは、「パスワードを忘れない会員」ではなく、「パスワードを意識しない会員体験」です。

私たちが向き合うべき課題は、パスワードの文字数ではありません。本当に問われているのは、「自社の認証設計は、2026年の常識に追いついているか」ということです。

「パスワードをどう強くするか」から「パスワードをなくせるか」へ。私たちは今まさに、その転換点に立っています。

岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。

30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係(Relationship)を育てるもの」へ転換すべきだと確信。現在は、AI時代における次世代のシステム設計思想として「Relationship OS」を提唱しています。

また、自身も宿泊施設の運営で現場に立ち続け、『起きている時間はすべて仕事であり、システムへの探求』という圧倒的な熱量で、会員ビジネスの未来に向き合っています。

「人との関係は設計できるのか」という問いに、これからも人生をかけて愚直に向き合い続けていきます。

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