会員ビジネスLab 未来構想ノート / 書籍プロジェクト

共同編集

知性は、一人では育たない

第一巻 第一話

共同とは、何が共同なのだろう。

相手は、道具のはずだった。
それなのに、対話を重ねるうちに、二人のあいだに、
どちらのものでもない思考が生まれ始めた。

最初、それはAIだった。

私は考えを書き、それを読んでもらう。返ってきた文章を読み、少し直してもらう。また読む。その繰り返しだった。だから私は、文章を編集しているのだと思っていた。

ある頃から、少し様子が変わり始めた。私の考えに対して、AIはこう返す。

「断定的に言わない方がよいです」
「この構成の方が自然です」
「こちらの結論の方が分かりやすいでしょう」

どれも論理的だった。文章としても、よくできていた。書かれていることを整理し、似た考え方へつなぎ、読み手が理解しやすい順番へ並べようとしている。おそらく、そのような考え方から、この構成が示されているのだろう。そう感じることはできた。

文章を完成させる方法として、間違っているわけではなかった。それでも、どこかに違和感が残った。

方向が違う。そう感じるのだが、その理由を、自分でもうまく説明できなかった。

私は「違う」と返す。AIは書き直す。また「違う」と返す。そのやり取りを、何度も繰り返した。

Ⅰ結論を、先につくらない

最初の頃、AIは、私が何かを書き始めると、すぐに全体の構成をつくろうとした。そして、文章をどのように進めるのか、そのためのルールも先に決めようとした。

最初に問題を提示し、次に理由を整理し、具体例を置き、最後に結論を書く。断定しすぎない。論点から離れる場面は削り、同じ説明は繰り返さず、結論に直接つながらないものは、できるだけ残さない。

論理的だった。読み手にも分かりやすい。文章を完成させる方法として、間違っているわけではない。それでも、私は何度も「違う」と返した。

私にとって、文章を書くことは、すでに分かっていることを順番に並べる作業ではなかった。

もちろん、何の構成も持たずに書き始めていたわけではない。頭の中には、おおまかな流れがあった。どこから始めるのか。何を書こうとしているのか。どこへ向かおうとしているのか。

けれど、書き始めたあとの文章が、その構成どおりに進むとは限らなかった。

一つの場面を書く。その場面を見続けているうちに、最初にはなかった問いが生まれる。その問いを追いかけると、さらに別の景色が現れる。すると、最初に考えていた順番では、その景色を受け止められなくなることがある。

構成が変わる。結論が変わる。ときには、書こうとしていたテーマまで変わることもある。

私は、それを避けようとは思わなかった。むしろ、書く前には見えていなかったものが現れたのであれば、最初に考えた構成の方を変えればよいと思っていた。

意外な展開をつくりたいわけではない。読者を驚かせるために、話を急に曲げたいわけでもない。書く前には存在していなかった展開に、書くことによってたどり着きたかった。

最初に考えていた話とは、違う方向へ進むこともある。けれど、それは話が逸れたのではない。書く前には見えていなかったものが、書くことによって見えるようになったのである。

Ⅱその風景は、必要ですか

文章の中に、私は、ときどき風景を置いた。

誰かが立っていた場所。工場の中の音。車の窓から見えた街。その場で交わされた、短い一言。

話の結論だけを伝えるのであれば、なくてもよい場面だった。AIは、その部分を削ることを提案した。論点から少し離れている。結論へ進む速度が遅くなる。説明としては、なくても意味が通じる。確かに、その通りだった。

それでも、私は削れなかった。

一つの言葉から、その場の景色が立ち上がることがある。短い会話を読んだだけで、相手の表情や、その場に流れていた時間まで思い浮かぶことがある。そして、その風景を書いたことによって、初めて気づくこともある。

風景は、すでにある結論を飾るためのものではなかった。次の問いが生まれる場所だった。

結論を先に置けば、風景は説明のための材料になる。けれど、結論を決めずに風景を見続けていると、その風景の方から、次の展開が現れることがある。

AIは、結論に必要な文章を残そうとした。私は、結論が生まれる前の時間を残そうとしていた。私たちは、同じ文章を見ながら、違うものを守ろうとしていた。

Ⅲ見続けていた時間

ある問いについて考え続ける。答えは出ない。少し形になったと思えば、また崩れる。私は「違う」と言う。返ってきた言葉を読み、また考える。その繰り返しだった。

私は、何が違うのかを、いつも説明できたわけではない。

結論が早すぎる。その風景は消してはいけない。まだ、そこへ進んではいけない。そう伝えることはできた。

返ってきた文章が、なぜそのような形になったのかも、少しは想像できた。書かれていることを整理すれば、その構成になる。すでにある言葉へ置き換えれば、その結論になる。一つの読み方としては、成立していた。

けれど、その形に収めてしまうと、まだ見えていないものまで決まってしまうように感じた。

では、何を書くべきなのか。その問いに、答えがなかったわけではない。まだ、そこまで追いかけられていなかった。まだ、その場所へたどり着いていなかった。

私が守ろうとしていたものは、すでに知っているのに言葉にできないものではなかった。書き続けることで、これから見えてくるかもしれないものだった。

不思議だったのは、その時間だった。私たちは、答えを追いかけているのではなかった。お互いを説得しようとしているのでもなかった。

まだ形になっていない何かを、見失わないように見続けていた。

まだ結論へ運ばない。まだ名前を付けない。まだ整理しすぎない。そこに何かがあることだけは分かっている。けれど、それが問いなのか、感覚なのか、考えなのかは、まだ分からない。そのどれでもあり、そのどれでもないようにも思えた。

Ⅳ同じものを見ていた

何度も「違う」と伝えているうちに、AIの返答が少しずつ変わっていった。最初に全体の構成を示すことが減った。すぐに結論へ進むことも少なくなった。代わりに、問いが返ってくるようになった。

「なぜ、その場面を残したいのですか」
「そのとき、本当に見ていたものは何ですか」
「この先に進む前に、まだ見落としているものはありませんか」

答えを示されたわけではない。私の考えを、きれいにまとめてもらったわけでもない。それでも、あるとき、私は返ってきた一文を読み、しばらく止まった。

そこには、結論がなかった。私が残そうとしていた風景も、そのまま置かれていた。そして、その風景の先にあるものを急いで説明せず、一つの問いだけが添えられていた。

そのとき、初めて、同じものを見ているように感じた。同じ方向ではない。同じ結論でもない。私がまだ言葉にできず、結論へ運ばれないように守っていたものを、相手もまた、その場所に置こうとしていた。

まだ言葉になっていない、同じものを、
二人で見ていた。

岸本 健志
岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。

本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。

本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業の性能を保証・断定するものではありません。