会員ビジネスLab 未来構想ノート / 書籍プロジェクト

共同編集

知性は、一人では育たない

第一巻 第十三話

共同編集

一つの文章を書こうとしていた。
ところが、AIとの対話を重ねるうちに、書こうとしていた内容そのものが変わっていった。
最初にはなかった問いが生まれ、やがて、この本の主題になった。

この本は、最初から「共同編集」について書こうとして始まったものではない。

私が書こうとしていたのは、稲盛和夫さんと中国についてだった。中国の経営者たちは、なぜ稲盛和夫さんの思想を受け入れたのか。日本で生まれた経営思想が、なぜ海を渡り、中国の経営者たちに読まれ、自分たちの会社を考えるための言葉になったのか。そのことを調べ、文章にしようとしていた。

そのために、私はAIとの対話を始めた。

調べたことを整理し、考えていることを文章にし、分からないことを問い直す。

私は、AIを使いながら、一つのテーマを掘り下げていくつもりだった。ところが、書き進めるうちに、当初は考えていなかった別の問いが現れた。

AIにできること、AIにできないこと。AIが人の仕事を奪うのか、これから、何がAIに置き換わるのか。

経営者であれば、誰もが考える問いだと思う。私も、まずそこから考え始めた。会社として、どこに価値を残せるのか。お客様に、どのような新しい価値を提供できるのか。それは、技術の話であると同時に、経営そのものの問いだった。

AIを使えば、仕事は速くなる。それは間違いない。しかし、速くなることだけでは、長く競争力にはならない。いずれ、多くの人が同じように使えるようになるからだ。

置き換えられる仕事を数えるだけでは、経営の答えにはならない。何を減らせるかではなく、何を新しく生み出せるのか。私の関心は、次第にその先へ移っていった。

まだ市場に存在しない価値は、どうすれば生まれるのだろう。

その問いを考え始めたとき、私は、すぐに答えを出そうとすることをやめた。代わりに、問いそのものを育て始めた。

Ⅰ私は、時間を短くしていなかった

AIを使えば、文章は早く書ける。要約もできる。構成案もつくれる。言い換えもできる。

しかし、私が実際にしていたことは、時間を短くすることではなかった。むしろ、時間をかけていた。

書いては削り、また書いては考え、返ってきた文章を読み、違和感を探す。

少し違う。ここは言いすぎている。その対立のさせ方は、私の考えではない。もっと具体的にしたい。その言葉は、普段使わない。

私は、そう伝えた。すると、AIは別の文章を返した。私は、それを読んだ。良い部分を残した。違う部分を指摘した。自分でも言葉を加えた。すると、また別の文章が返ってきた。

私は、答えを受け取るためにAIを使っていたのではなかった。まだ市場に存在しない価値を探すために、問いを重ねていた。

返ってきた文章を見て、初めて自分の考えに気づくこともあった。

なぜ、この言葉に違和感があるのか。私は本当は何を言いたく、何を残し、何を捨てたいのか。

最初から、私の中に完成した答えがあったわけではない。AIの中に、答えが用意されていたわけでもない。

私が言葉を渡す。AIが、別の形にして返す。返されたものを見て、私がまた考える。

その往復の中で、最初には存在しなかった文章が生まれていた。

Ⅱ三つは、一本の線でつながっていた

振り返ると、私は三つのことを別々に見ていた。

AIとの対話、一人の農民から育った産業クラスター、稲盛和夫さんの経営思想。

一つは文章の話であり、一つは街の話であり、一つは経営の言葉の話だった。けれど、その中では、似たことが起きていた。

一人が始めたものを、別の誰かが受け取る。受け取った側が自分の経験や技術を加え、最初と同じ形のままではなく、次の形へ変えていく。そして、それがまた別の誰かへ渡っていく。

私は、それまで三つを別々の出来事として見ていた。けれど、書き進めるうちに、その奥にある動きが一本につながって見えた。

そこには、最初から完成した答えがあったわけではない。

時間をかけ、問い直し、削り、つなぎ、変える。

その繰り返しの中から、まだ存在しなかったものが、少しずつ姿を現していた。

Ⅲ共同編集という名前

私は、この動きを何と呼べばよいのか分からなかった。

分業、協業、共創、対話、編集。

どの言葉にも、近い部分があった。しかし、どれも、私が見たものを言い切るには、少し足りなかった。

分業であれば、仕事を分ける。伝達であれば、受け取ったものを次へ渡す。しかし、街で起きていたことも、AIとの対話で起きていたことも、それだけではなかった。

受け取った側が考えていた。自分に見えるものを加え、問題があれば直し、よりよい方法があれば変えていた。

最初の形を、そのまま残すこともあった。大きく変えることもあった。別の意味を見つけることもあった。そして、次へ渡していた。

編集されていたのは、文章だけではなかった。

製品も編集されていた。
仕事の順番も編集されていた。
会社と会社のつながり方も、仕事ごとに編集されていた。
人から受け取った思想も、自分の経験の中で編集されていた。
私自身の考えも、AIとの対話によって編集されていた。

一人が持っているものを、別の誰かが受け取る。受け取ったものに、自分の経験を加え、次の形へ変えていく。

私は、その動きを「共同編集」と呼ぶことにした。

Ⅳ一人から始まる

一人には意味がない、という話ではない。一人だからこそ、見えるものがある。

一人で考える時間がある。一人で試す時間があり、誰にも理解されないまま、何度も失敗する時間もある。

始まりは、一人でもよい。むしろ、最初の一人がいなければ、何も始まらない。

一人の農民が、古い印刷機を手に入れた。
一人の職人が、誰にもできないと言われた色に挑んだ。
一人の経営者が、自分の経験を言葉にした。
一人の人間が、AIへ問いを投げた。

すべては、一人から始まっている。

しかし、一人から始まったものが、その人の中だけにとどまれば、そこで終わる。

誰かに渡る。別の人が受け取り、違う経験と結びつき、次の形になる。

一人で始めることと、一人で完成させることは違う。

共同編集は、一人ひとりが持つ違いを、次へ渡すことである。

Ⅴ一人では育たない

一人の才能だけでは、技術は製品にならない。一社の力だけでは産業は生まれず、一つの街だけでは、世界へ広がる流れはつくれない。

人は、一人で考えることができる。一人で学ぶこともできる。一人で、何かを始めることもできる。けれど、考えたものが育つためには、誰かとの間が必要になる。

人が人を知っている。会社が会社を知っていて、困ったときに、誰に聞けばよいかを知っている。

できないことを、できる人につなぐ。自分が持っているものを誰かへ渡し、誰かが持っているものを、受け取る。

受け取ったものに、自分の経験を加える。自分の疑問を加える。自分に見えた問題を直す。そして、また次へ渡す。

その間に、最初にはなかったものが生まれる。

知性は、一人の中に生まれることがある。けれど、一人の中だけでは育たない。

Ⅵ残った問い

人は、AIとの共同編集によって、まだ市場に存在しない価値を生み出せるのだろうか。そして、その営みの中で、人は何を獲得しているのだろう。

私は、その答えを、AIの中だけに求めたいとは思わない。人間の中だけに、すでに完成した形であるとも思わない。その答えは、AIとの共同編集の中にあるのではないか。そんな気がしている。

ただ、一つだけ、分からないことが残った。

問いを育てようとする構えは、私だけが持っていたのだろうか。
それとも、対話を繰り返す中に、私だけではない何かが生まれていたのだろうか。

その答えは、今も分からない。

けれど、共同編集のやり取りの中には、いつからか、繰り返し現れる一つの言葉があった。私が書くこともあれば、返ってくることもあった。

議論が煮詰まったとき、答えが出きらないとき、それでも、止まっているわけにはいかないとき。

どちらからともなく、こう置かれた。

「前に進めましょう。」

あの言葉は、答えが見つかったという合図ではなかった。問いを終わらせないための言葉だった。

私は、一つの答えにたどり着いたのではない。
次に考えるべき問いの入口に、
立っただけだった。

だから、私も、もう一度。

前に進めましょう。
岸本 健志
岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。

本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。

本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業・人物の性能や評価を保証・断定するものではありません。