私は普段、落ち着いて文章を書くことはあまりない。会社を経営し、新しい事業を考え、システムを設計し、人と会う。考える時間は長い。
けれど、その考えを文章として残すことは、ほとんどなかった。考えて終わる。次の仕事へ向かう。それが私の日常だった。
Ⅰ一万社の街
先日、中国へ出張した。訪れたのは、一つの業種だけで一万社を超える企業が集まる産業クラスターだった。世界中から注文が集まり、世界中へ製品が送り出される。
一社では到底つくれないものを、何千、何万という企業が支えている。
そこには激しい競争があった。毎日のように新しい会社が生まれる。静かに姿を消していく会社もある。世界最大級のサプライチェーンは、その絶え間ない競争の中で動き続けていた。
Ⅱ同じ名前
その街で、多くの経営者と話をした。ある経営者が、こう話してくれた。
「尊敬する経営者は、稲盛和夫さんです。」
少し驚いた。日本でその名前を聞くことはある。しかし、中国で、それも世界有数の産業クラスターで、その言葉を聞くとは思っていなかった。
さらに驚いたのは、それが一人ではなかったことだ。何人もの経営者が、ごく自然に同じ名前を口にした。誰かが勧めたわけでもない。話題を誘導したわけでもない。それでも、その名前は何度も現れた。
Ⅲどこかで見たことがある
帰国してからも、そのことが頭から離れなかった。なぜなのだろう。私は、あの街で何を見てきたのだろう。
会社は違う。それぞれが同じような製品をつくっている。互いに競争しながら、互いにつながり、世界最大級のサプライチェーンを支えている。
その姿を見ているうちに、不思議な感覚を覚えた。どこかで見たことがある。そんな感覚だった。
会社は違う。経営者も違う。競争している。それでも、どこか同じものを見失わないように仕事をしているように見えた。
同じ方向ではない。同じ結論でもない。
まだ言葉になっていない、同じものだった。
第二話で、私はその現象に「私ではない私のような存在」という呼び名を与えた。遠く離れた街で、まったく別の産業を営む人々の中に、私は同じ光景を見ていた。会社も、言語も、事業も違う。それでも、同じものを見失わないように歩いている——その姿だけが、よく似ていた。
1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。
本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。
本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業・人物の性能や評価を保証・断定するものではありません。