会員ビジネスLab 未来構想ノート / 書籍プロジェクト

共同編集

知性は、一人では育たない

第一巻 第七話

誰も全体を知らない

この製品をつくっているのは、誰なのだろう。
工場を見て回り、働く人たちに尋ねた。
しかし、最初から最後までを知る人は、なかなか見つからなかった。

一つの製品は、いくつもの会社を通って完成していく。

品物と一緒に、次の仕事を始めるための情報も渡されていた。

では、その全体を知っている人は、どこにいるのだろう。どの会社を通り、どのような工程を経て、最後に何になるのか。

最初から最後までを見渡している人が、どこかにいるはずだと、私は思っていた。

Ⅰその先は、分からない

私は、ある工場で尋ねた。「これは、このあと、どこへ行くのですか」。工場の人は、次に運ばれる会社の名前を教えてくれた。そこで、さらに聞いた。「その会社で加工されたあとは、どうなるのですか」。相手は少し考えてから答えた。

「そこから先は、よく分からない」

別の工場でも、似た質問をした。「この印刷物は、最後には何になるのですか」「包装に使うらしい」。答えは、それだけだった。どの商品の包装なのか。どの会社の商品なのか。どの国へ送られるのか。そこまでは知らないという。

私は、少し意外に感じた。これほど多くの人が関わっている製品なのだから、作業をしている人も、その完成した姿を知っていると思っていたからである。しかし、実際には違っていた。

銅版をつくる人は銅版の仕上がりを、印刷する人は色や位置を、加工する人は切り方や貼り方を見ている。

それぞれが、自分の前にある仕事を見ていた。その先まで、すべて知っているわけではなかった。

Ⅱ最初に注文を受けた会社なら

では、最初に注文を受けた会社なら、全体を知っているのだろうか。顧客と話し、何をつくるのかを決めた会社である。その会社なら、完成した製品の形を知っている。数量も知っている。納期も知っている。どの程度の品質が求められているかも知っている。

しかし、すべての工程を自分たちで行うわけではない。

どの工場の、どの機械を使うのか。その日の材料が、どのような状態なのか。機械をどの速度で動かし、色を合わせるために、どの程度調整するのか。

現場で起きていることまでは、すべて分からない。最初に注文を受けた人は、完成品については知っている。けれど、実際にそれを形にするための細かな判断まで、すべて知っているわけではない。

では、最後の工程を担う会社ならどうだろう。完成した製品を見ることはできる。しかし、最初の銅版がどのようにつくられたのか。インクがどのように調整されたのか。途中でどのような問題が起きたのか。そこまで知っているわけではなかった。

最初を知る人は、途中のすべてを知らない。
途中を知る人は、最後のすべてを知らない。
最後を知る人も、最初からのすべてを知っているわけではない。

Ⅲ経営者なら知っているのか

私は、経営者にも話を聞いた。経営者なら、自分の会社の仕事だけでなく、取引先や業界全体についても知っている。

どの会社が何を得意とし、どの会社にどの設備があり、どのような仕事がどこから来ているのか。

現場で働く人よりも、広い範囲を見ている。それでも、街全体の仕事を、すべて把握しているわけではなかった。

一万社とも言われる会社がある。それぞれが、複数の仕事を抱えている。同じ製品でも、納期や数量によって、通る工場が変わることがある。仕事の混み具合によって、別の会社へ回されることもある。使う素材によって、必要な工程も変わる。

一人の経営者が、それらすべてを知ることはできない。自分の会社の周囲については詳しい。日頃取引している会社についても知っている。しかし、街の端から端まで、すべてを見渡しているわけではない。

私は、全体を知っている人を探していた。けれど、どこへ行っても、見つからなかった。

Ⅳ何も知らないわけではない

ただし、誰も何も知らないわけではなかった。

銅版をつくる人は、印刷のすべてを知らないかもしれない。けれど、次の会社が使える銅版とは、どのようなものかを知っている。厚さは適切か。表面に傷はないか。次の工程で問題が起きない状態になっているか。

印刷する人は、最後の包装の形を詳しく知らないかもしれない。けれど、次の加工で困らないように、どの向きに巻かなければならないかを知っている。

切断する人は、その製品を誰が使うのか知らないかもしれない。けれど、どの程度のずれまでなら許されるのかを知っている。

全部は知らない。しかし、自分の仕事だけを孤立して知っているわけでもない。

前の工程から何を受け取り、自分はそこに何を加え、次の工程へどのような状態で渡すのか。

自分の仕事と、その前後がつながるところを知っている。私は、そこで一つの違いに気づいた。

すべてを知ることと、つながるために必要なことを知ることは、同じではなかった。

Ⅴ工程の境目を知っている

私は、それまで、仕事の全体を一枚の設計図のように考えていた。まず、完成した形がある。その全体を、いくつかの工程に分ける。一人の責任者が、誰が何をするかを決める。それぞれが、割り当てられた仕事を行う。全体を知る人が、部分を動かす。

しかし、この街で見たものは、それとは少し違っていた。一人ひとりが、自分のいる場所から前後を見ている。

前の会社から何が来て、自分が何をすればよく、次の会社へ何を渡さなければならないのか。

最初から最後までを知っているわけではない。けれど、自分と隣の工程との境目は知っている。

銅版を渡し、版を渡し、印刷されたものを渡し、加工を終えたものを渡す。

一つの境目から、次の境目へ仕事が進んでいく。誰か一人が、街全体の地図を持っているわけではない。しかし、隣り合う会社同士は、仕事を渡す場所を知っている。

その境目が途切れずにつながることで、製品は次へ進んでいた。

Ⅵ全体は、どこにあるのか

では、全体は、どこにあるのだろう。

注文書には、完成品の条件が書かれている。寸法。素材。色。数量。納期。けれど、それだけで製品が完成するわけではない。

実際の工場では、材料の状態が毎回同じとは限らない。機械の調子も変わる。気温や湿度も変わる。同じ作業をしても、同じ結果になるとは限らない。その場で判断しなければならないことがある。

少し速度を落とす。温度を変え、色の配合を調整し、次の会社へ、先に注意点を伝える。

それらの判断は、一カ所には集まっていない。それぞれの場所で、それぞれの人が行っている。最初に注文を受けた人が決めることもある。現場で機械を動かす人が決めることもある。次の工程を担う人と相談して決めることもある。

一つの製品についての判断が、街の中に分かれて存在していた。

全体は、誰か一人の頭の中だけにあるのではない。注文書に、すべてが書かれているのでもない。それぞれの場所にある知識と判断が、仕事と一緒に次へ渡されていく。

私は、全体というものを、完成した一枚の絵のように考えていた。しかし、ここでは、仕事が進むたびに、少しずつ形が加えられているように見えた。

Ⅶ知らないから、渡す

私は最初、誰も全体を知らないことを、不安なことだと思った。全体を知る人がいなければ、間違いが起きるのではないか。誰かがすべてを管理しなければ、途中で仕事が止まるのではないか。

しかし、一人がすべてを知ることはできない。

素材のこと、機械のこと、印刷のこと、加工のこと、物流のこと、顧客のこと。

必要な知識は、あまりにも多い。一人がすべてを抱えれば、どの仕事についても、現場の人ほど深くは知ることができない。

この街では、一人がすべてを知ろうとする代わりに、それぞれが自分の仕事を深く知っていた。

自分にできないことは、できる会社へ渡す。自分が知らないことは知っている人に聞き、自分の工程が終われば、次の工程を担う人へ任せる。

知らないことを隠すのではない。知らないから、知っている人へ渡す。

全部を自分で抱え込まない。それによって、一つの会社ではつくれないものをつくっていた。

Ⅷつくったのは、誰なのだろう

一つの製品が完成する。そこには、一つの会社の名前が書かれるかもしれない。一つの商品名があり、一つのブランドがある。しかし、そこへ至るまでには、多くの人が関わっている。

銅版をつくった人。
版を仕上げた人。
インクを調整した人。
機械を動かした人。
色を確認した人。
切った人。
貼った人。
巻いた人。
梱包した人。
工場から工場へ運んだ人。
次の工場へ電話をかけた人。

完成品を見ても、その人たちの名前は分からない。誰が、どの部分を担当したのかも見えない。しかし、一人でも欠ければ、同じ製品にはならなかったかもしれない。

私は、この製品をつくっているのは誰なのだろうと考えていた。けれど、問い方が違っていたのかもしれない。

「誰がつくったのか」ではなく、
「どのように、つながってつくられたのか」
と問うべきだった。

岸本 健志
岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。

本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。

本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業・人物の性能や評価を保証・断定するものではありません。