会員ビジネスLab 未来構想ノート / 書籍プロジェクト

共同編集

知性は、一人では育たない

第一巻 第八話

順番が変わる

朝に決めた順番どおりに、機械は動く。そう思っていた。
しかし、短いやり取りをきっかけに、一つの工場の予定が変わり、
その変更が前後の会社へ伝わっていった。

それでも、製品は完成する。

それぞれが、自分の工程と、その前後の境目を知っていた。

ただ、予定が変わったときにも、この仕組みは動くのだろうか。

Ⅰ順番が変わった

その日も、工場の機械は予定に沿って動いていた。加工を待つ材料が並んでいる。次に何をつくるのかも決まっている。作業をする人たちは、その順番に合わせて準備を進めていた。

そこへ、連絡が入った。長い打ち合わせはなかった。会議室へ人が集まることもなかった。短いやり取りのあと、現場へ一つの言葉が伝わった。

「先に、これをやる」

その一言で、生産の順番が変わった。

動かしていた機械を止め、材料を入れ替え、次の加工に必要なものをそろえ、人が持ち場を移る。

後に予定されていた仕事が、前へ移された。現場に、大きく迷っている様子はなかった。

もちろん、何も考えずに動いているわけではない。機械を止めれば、時間がかかる。材料を入れ替えれば、準備も必要になる。順番を変えれば、そのあとの予定にも影響が出る。

それでも、変更はすぐに始まった。私は、その速さに驚いた。

Ⅱ予定は、何のためにあるのか

製造の現場には、生産計画がある。

どの製品を、いつつくるのか。どの機械を使い、人をどこへ配置し、材料をいつ用意するのか。完成したものを、いつ次の工場へ送るのか。

予定を立てるのは、仕事を安定させるためである。決められた順番を守ることには意味がある。順番が何度も変われば、準備の時間が増える。材料を取り違える可能性もある。現場で働く人も混乱する。

私は、良い計画とは、できるだけ変更されない計画だと思っていた。しかし、目の前では、その予定が変更されていた。

予定を軽く扱っているようには見えない。むしろ、予定の使い方が、私の考えていたものと違っているようだった。

予定そのものを守ることが、目的なのではない。仕事を完成させるために、予定がある。状況が変わり、朝に決めた順番が最善ではなくなったのなら、順番を組み直す。

予定に仕事を合わせるのではない。仕事を前へ進めるために、予定を変える。

計画を守ることと、仕事を完成させることは、いつも同じではなかった。

Ⅲすべてが決まるまで、待たない

予定を変更するには、いくつもの確認が必要になる。

担当者に聞き、責任者の判断を待ち、納期への影響を調べる。追加の費用が発生するか、ほかの仕事に遅れが出ないかも確かめる。

会社が違えば、さらに難しくなる。自社の予定だけを変えればよいわけではない。前の会社にも、次の会社にも影響が出る。誰が、どこまで対応するのか。遅れた場合は、どうするのか。本来なら、すべてを整理してから動きたくなる。

しかし、私が見た現場では、すべての条件が文章になるまで、仕事を止めて待つことはしなかった。まず、動かせるところを動かしていた。「先に、これをやる」。その言葉を受けて、現場が動き始める。

だからといって、約束や契約を軽く考えているわけではない。何も確認せずに、相手の言うとおりにしているのでもない。その場で動けるのは、これまでの仕事の中で分かっていることがあるからだった。

この会社は、一方的に無理を押しつける会社ではなく、仕事を途中で投げ出す会社でもない。問題が起きれば、あとで話すことができる。今回こちらが対応すれば、別の機会には相手が動いてくれるかもしれない。

一つひとつを、その場で最初から確認しなくても、過去のやり取りから判断できることがあった。

Ⅳ一社の変更では終わらない

一つの工場で順番が変わる。それだけなら、その工場の中の問題に見える。しかし、製品は一つの工場だけで完成するわけではない。

先に加工する仕事が変われば、必要な材料も変わる。材料を送る会社は、出荷する順番を変えなければならない。加工を終えたものを受け取る会社も、受け入れる時間を調整しなければならない。その次の工場も、機械を空ける時間が変わるかもしれない。

一つの変更が、前後へ伝わっていく。

材料を出す時間が変わり、トラックが動く時間が変わり、機械を使う時間が変わる。働く人の持ち場も変わる。

一社だけが急いでも、製品は完成しない。前の工程が早く終わっても、次の工場が受け取れなければ、そこで止まる。次の工場だけが待っていても、前から製品が届かなければ、仕事は始められない。

一つの仕事を早めるためには、その前も、その後ろも動く必要がある。

会社は別々である。経営者も違う。働く人も違う。それぞれに、自分たちの予定がある。それでも、一つの仕事を止めないために、前後の会社が予定を組み直していた。

Ⅴ隣との調整が続いていく

私は、どこかに街全体を管理する人がいるのではないかと思った。どの会社が、いつ、何をつくっているのかを見ている人。変更が起きれば、関係するすべての会社へ指示を出す人。しかし、そのような人は見当たらなかった。

目の前で行われていたのは、会社と会社の間の連絡だった。

「こちらは、この時間に終わる」
「それなら、そのあと受け取れる」
「この仕事を先に回してほしい」
「その時間は、別の仕事が入っている」
「では、こちらを少し遅らせる」

前の会社が、次の会社へ伝える。次の会社が、自分たちの予定を確認する。受けられるのであれば受ける。難しければ、別の時間を伝える。その判断が、さらに次の会社へ渡される。

誰か一人が、街全体の予定を書き換えているのではない。隣り合う会社が、一つずつ調整している。前が変われば、自分も変える。自分が変われば、次へ伝える。その繰り返しによって、変更が街の中を進んでいった。

第七話で、私は、それぞれの会社が工程の境目を知っていると考えた。予定が変わったときも、その境目で調整が行われていた。全体を一度につくり直すのではない。境目を一つずつつなぎ直していた。

Ⅵ指示ではなく、判断が渡される

中央からの指示で、すべての会社が一斉に動いているわけではない。伝えられた側は、自分の状況を見て判断する。

機械は空いているか、必要な材料はあるか、人を動かせるか、ほかの仕事への影響はどの程度か。

対応できるのであれば、予定を変える。難しければ、そのことを相手へ伝える。自社だけで解決できなければ、別の会社へ相談する。

そこにあったのは、命令の連鎖ではなかった。判断の連鎖だった。

一つの会社が状況を見て判断する。その判断を受けて、次の会社も判断する。その先の会社も、自分の状況に合わせて判断する。

街全体で見れば、大きな予定変更である。しかし、現場で行われているのは、隣との短いやり取りだった。誰か一人が、すべての答えを持っているわけではない。それぞれが、自分の場所で答えを出す。その答えが、次の人の判断材料になる。

一人の判断だけでは、全体は動かない。判断が次々と渡されることで、仕事の流れが変わっていった。

Ⅶ短い言葉で動ける理由

私は、この街で交わされる言葉が短いことに気づいた。

「これから持っていく」
「先に、これをやる」
「この時間なら受け取れる」

言葉だけを見れば、説明が足りないようにも思える。なぜ、その仕事を先にするのか。ほかの仕事には、どのような影響があるのか。どの程度急いでいるのか。細かく説明しなければ、相手には分からないのではないか。

しかし、実際には、短い言葉で仕事が動いていた。それは、何も言わなくても分かり合えるからではなかった。

必要なことは伝えている。何が変わったのか。いつ終わるのか。何を先にしてほしいのか。どの時間なら受け取れるのか。すべてを長く説明しないだけで、次に必要な情報は渡されている。

そして、相手の仕事についても、ある程度知っている。

あの工場にはどの機械があり、どのような加工を得意とし、どの時間なら仕事を受けやすく、誰に伝えれば話が進むのか。

誰に、何を、どこまで伝えれば動けるのかを知っている。短い言葉の後ろには、それまでに積み重ねてきた仕事があった。

Ⅷ順番を変える力

私は、それまで、予定を守る会社を、強い会社だと思っていた。決めたとおりに動く。遅れを出さない。途中で変更しない。もちろん、それは重要である。

しかし、予定どおりに進まないことが起きたとき、予定にこだわり続ければ、かえって仕事が止まることもある。必要なのは、予定を変えない力だけではない。状況が変わったときに、順番を変える力でもあった。

ただし、一社が勝手に順番を変えればよいわけではない。前へ伝える。後ろへ伝える。相手の状況を聞く。自分たちの状況も伝える。そのやり取りを通じて、流れをつなぎ直す。

順番を変える力は、
一つの会社だけの中にあるのではなかった。
会社と会社の間にあった。

工場を動かす機械は、それぞれの建物の中にある。しかし、予定外の出来事に対応する力は、建物の外にある関係の中にも存在していた。

朝に決めた順番は、途中で変わる。それでも、仕事は止まらない。状況に合わせて順番を組み直すことで、仕事を止めない。

私は、工場の中で起きた一つの予定変更を見ていた。けれど、実際に動いていたのは、一つの工場だけではなかった。変更を受け取り、自分たちの予定を変え、次へ伝える。その判断が、会社から会社へ渡されていた。

ただ、そこでもう一つ、分からないことがあった。これほど近い場所に、同じ仕事をする会社が何社もある。当然、同じ注文を取り合うこともある。価格や品質、納期を競う相手である。それなのに、予定を変え、互いの仕事を支えることもある。

競争する会社同士が、なぜ同時に協力することができるのだろう。

道路の向かい側にも、少し先の角にも、同じ種類の機械を持つ会社があった。

岸本 健志
岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。

本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。

本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業・人物の性能や評価を保証・断定するものではありません。