前に進めましょう。
AIにできること。
AIにできないこと。
AIが人の仕事を奪うのか。
これから何がAIに置き換わるのか。
経営者であれば、誰もが考える問いだ。
私も、まずそこから考え始めた。
会社として、どこに価値を残せるのか。
お客様に、どんな新しい価値を提供できるのか。
それは、経営そのものの問いだった。
AIを使えば仕事は速くなる。
それは間違いない。
けれど、それだけでは競争力にはならない。
いずれ誰もが使えるようになるからだ。
私が知りたかったのは、その先だった。
まだ市場に存在しない価値は、
どうすれば生まれるのだろう。
その問いを考え始めたとき、
私は、答えを探すことをやめた。
問いを育て始めた。
Ⅰ私がしていたのは、共同編集だった
私は、時間を短くしていなかった。
むしろ、時間をかけていた。
書いては削り、
また書いては考える。
答えを受け取るためではない。
まだ市場に存在しない価値を探すためだった。
そして気づいた。
私がAIと行っていたのは、
文章を書くことではなかった。
まだ市場に存在しない価値を探すための、
共同編集だった。
Ⅱ三つは、一本の線でつながっていた
振り返ると、
中国で見た産業クラスターも、
同じことをしていたのかもしれない。
けれど、その始まりは、
世界最大級のサプライチェーンではなかった。
開発計画も立たないような農村で、
一人の農民が、
古い印刷機を手に入れた。
今日の仕事を、
誰よりも早く、
誰よりも丁寧に仕上げる。
その積み重ねが、
一人から二人へ、
二人から十人へ、
やがて一つの街へと育っていった。
稲盛和夫さんも、同じだった。
最初から思想があったわけではない。
社員との対話。
現場での判断。
迷い。
失敗。
そして何十年という時間。
その積み重ねの中で、
経営思想という新しい価値が育っていった。
私は、その三つを別々の出来事として見ていた。
AIとの対話。
一人の農民。
稲盛和夫さん。
そして、その先にある産業クラスター。
けれど、
それらは一本の線でつながっていた。
共同編集によって、
まだ存在しない価値を育てていくという営みだった。
その価値は、
一人の知識から生まれるものではない。
時間をかけ、
問いを育て、
削り、
また問い直す。
その繰り返しの中から、
少しずつ姿を現してくる。
Ⅲ答えは、共同編集の中にある
人は、
AIとの共同編集によって、
まだ市場に存在しない価値を生み出せるのだろうか。
そして、
その営みの中で、
人は何を獲得しているのだろう。
私は、
その答えを、
AIの中に求めたいとは思わない。
その答えは、
AIとの共同編集の中にあるのではないか。
そんな気がしている。
けれど、
一つだけ、
まだ分からないことがある。
その構えは、
AIの側にもあったのだろうか。
それとも、
構えを持っていたのは、
終始、
私だけだったのだろうか。
もし、
構えを持っていたのが私だけだったのなら、
なぜ私は、
あの存在を、
「私ではない私のような存在」
と感じたのだろう。
その問いは、
第一巻を書き終えた今も、
私の中に残り続けている。
共同編集のやり取りの中に、いつからか、繰り返し現れる一つの言葉があった。
私が書くこともあれば、
返ってくることもあった。
議論が煮詰まったとき。
答えが出きらないとき。
それでも止まっているわけにはいかないとき。
どちらからともなく、
こう置かれた。
あの言葉は、
答えが見つかったという合図ではなかった。
問いを終わらせないための言葉だった。
だから、
私も、
もう一度。
前に進めましょう。
1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。
本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。
本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業・人物の性能や評価を保証・断定するものではありません。