会員ビジネスLab 未来構想ノート / 書籍プロジェクト

共同編集

知性は、一人では育たない

第一巻 第九話

競争相手は、隣だった

同じ機械を持ち、同じ仕事を取り合う会社が、すぐ近くにある。
それでも、自分たちだけではできない仕事は、その会社へ渡す。
この街では、競争と協力が同じ関係の中にあった。

予定が変わっても、隣り合う会社の判断がつながり、仕事は止まらなかった。

しかし、その会社同士は、同じ注文を取り合う競争相手でもあった。

Ⅰ同じ仕事をする会社が、近くにある

普通に考えれば、競争相手は近くにいない方がよい。自分の会社だけが、その技術を持っている。自分の会社だけが、その機械を使える。顧客は、ほかの会社へ頼むことができない。その方が、経営は安定するように思える。

しかし、この街では違っていた。印刷会社の近くに、別の印刷会社がある。製版会社の近くに、別の製版会社がある。同じ加工ができる工場が、歩いて行ける距離に何社もある。

顧客から見れば、選択肢が多い。価格が高ければ、ほかの会社へ頼むことができる。納期が遅ければ、別の工場を探すことができる。品質に問題があれば、仕事は近くの競争相手へ移る。

会社は、いつも比べられている。

価格、品質、納期、対応の速さ、難しい仕事への対応力。

同じ仕事をする会社が近くにあるということは、常に仕事を取られる可能性があるということでもあった。

Ⅱ隠した方がよいのではないか

私は、競争相手が近くにいるのであれば、互いにできるだけ距離を取るのではないかと思った。

自分が使っている方法を教えない。
新しく入れた機械を見せない。
取引先を教えない。
困っていることが分かっても、手を貸さない。
自分にはできない仕事であっても、競争相手へは渡さない。

競争相手を助ければ、その会社が強くなる。次には、自分の仕事を取られるかもしれない。そう考えれば、できるだけ情報を隠し、仕事を囲い込む方が自然に思える。

実際、この街の会社も、何もかも見せていたわけではない。自社の強みを、すべて公開しているわけでもない。顧客や価格をめぐって、厳しく競うこともある。

しかし、それでも、競争相手との間に仕事が流れていた。

Ⅲ「あの会社ならできる」

ある会社に、自分たちでは対応できない仕事が入る。

必要な機械がない。扱ったことのない素材である。数量が多すぎる、納期が短すぎる、特殊な加工が必要になる。

そのとき、その会社は、必ずしも仕事を断らない。

「あの会社ならできる」

そう言って、別の会社へつなぐ。紹介された会社が、普段は同じ仕事を取り合っている相手であることもある。

一社では受けきれない数量を、いくつかの工場へ分けることもある。自分たちが受けた仕事の一部を、近くの会社へ頼む。機械が故障すれば、同じ機械を使っている別の工場へ相談する。急ぎの仕事で自社の設備が空いていなければ、機械の空いている会社を探す。

自分たちだけでは完成できないのであれば、できる会社へ渡す。その会社が競争相手であっても、仕事をつないでいた。

Ⅳ仲がよいからではない

私は最初、経営者同士の仲がよいのだと思った。同じ地域で長く仕事をしてきた。昔から知っている。困ったときには助け合う文化がある。確かに、そのような関係もあるのだろう。

しかし、それだけでは説明できなかった。仲がよくても、同じ注文を取り合う。価格を比べられる。納期を競う。顧客が、別の会社へ移ることもある。

全員が同じ考え方を持っているわけでもない。街全体のために、自分の利益を後回しにしているわけでもない。それぞれが、自分の会社を続けようとしている。

仕事を増やしたい、利益を出したい、顧客を失いたくない、会社を成長させたい。

その点では、明らかな競争相手だった。それでも、必要なときには仕事を渡す。なぜなのだろう。

Ⅴ一社だけでは、受けられない

一社ですべての仕事を抱え込もうとすれば、受けられる注文は限られる。

自社にある機械でできる仕事、自社が知っている方法でできる仕事、自社の人員で間に合う仕事、自社の予定に入れられる仕事。

そこから外れた注文は、断らなければならない。

しかし、近くに別の技術を持つ会社があれば、受けられる仕事は増える。自社でできない部分だけを、別の会社へ頼むことができる。大量の注文であれば、複数の会社で分けることができる。急ぎの仕事であれば、空いている機械を探すことができる。特殊な加工が必要であれば、その加工を得意とする会社へ渡すことができる。

仕事の一部を競争相手へ渡せば、自社だけの売上にはならない。しかし、注文そのものを断れば、自社の売上もなくなる。顧客は、別の地域へ仕事を持っていくかもしれない。次の注文も来なくなるかもしれない。

一部を別の会社へ渡してでも、仕事を完成させる。その方が、自分の会社にも仕事が残る。

つながることで、自分たちだけでは届かなかった仕事へ届くことができた。

Ⅵ仕事は、行ったり来たりする

今日は、自分の会社から仕事を渡す。明日は、別の会社から仕事が来る。自社の機械が埋まっていれば、近くの会社へ頼む。その会社の機械が止まれば、今度は自分たちが引き受ける。

常に同じ会社が助ける側になるわけではない。常に同じ会社が仕事を受け取る側になるわけでもない。状況によって、関係が変わる。

ある注文では競争相手になり、別の注文では、同じ製品をつくる協力会社になる。昨日、仕事を取られた会社から、今日は加工を頼まれることもある。今日助けた会社と、明日は同じ顧客をめぐって競うかもしれない。

味方か、敵か。協力会社か、競合会社か。どちらか一方の言葉だけでは表せない関係だった。

競争しながら、つながっている。つながりながら、競争している。

Ⅶ競争が、違いをつくる

競争相手が近くにいれば、同じことをしているだけでは選ばれない。

よりきれいに仕上げ、より速く納品し、少ない数量にも対応する。難しい素材を扱えるようにし、ほかの会社が持っていない機械を入れ、これまでできなかった加工を覚える。

それぞれの会社が、自分たちの違いをつくろうとする。

義兄に尋ねると、仕事を分け合うことは「何度もある」という答えだった。競合といっても、少しずつ違う。その違いが、互いに融通できる場所になっているのだと言う。

この街で長く続いている会社には、何か一点、突き抜けた特徴がある。素材の扱い方であったり、自分たちの仕事に合わせてつくり替えた機械であったりする。その中身を、彼らは詳しくは語らない。まねをされないためである。

もっとも、と義兄は言った。仮に中身を知られたとしても、まねをするのは難しい。その一点は、何年もかけて、試しては直すことを繰り返した先にあるものだからだ。図面は写せても、そこへ至った時間までは写せない。

その一点を、機械を止めずに動かし続ける。それが品質と、価格の両方を支えている。三百六十五日、休まず動く。そう言ったあとで、義兄は少し笑った。「本当は、春節には休むけど」。

競争によって、すべての会社が同じになるのではなかった。競争するからこそ、それぞれが違う技術を深くしていた。

そして、違いがあるからこそ、別の会社へ仕事を頼む意味が生まれる。すべての会社が、同じ機械を持ち、同じ技術を持っているのであれば、つながる必要は少ない。一社でできないことを、別の会社ができる。その違いが、仕事をつないでいた。

私は、競争と協力を、反対側にあるものだと思っていた。競争が強くなれば、協力は減る。協力を大切にすれば、競争は弱くなる。しかし、この街では、その二つが同時に存在していた。

Ⅷ競争相手がいなければ

では、この街から競争相手がいなくなったら、どうなるのだろう。

同じ仕事をできる会社が、一社しかない。顧客は、その会社へ頼むしかない。価格をほかと比べられることもない。納期が遅くても、すぐに別の会社へ仕事が移ることはない。難しい注文を断っても、競争相手に取られる心配は少ない。

短い時間だけを見れば、その方が楽かもしれない。しかし、競争相手がいなければ、自分たちの技術を急いで磨く理由も弱くなる。

品質を高め、納期を短くし、新しい機械を導入し、別の技術を覚える。

そうした動きも、起こりにくくなる。

競争相手は、自分の会社を脅かす存在である。同時に、自分の会社を鍛える存在でもある。さらに、自分たちではできない仕事を、受け止めてくれる存在でもあった。

競争相手がいるから、自分の会社に何が足りないかが分かる。自分たちにできないことが分かる。できないことが分かるから、それをできる会社へ渡すことができる。競争相手は、単に排除すべき相手ではなかった。

Ⅸ違うまま、つながる

私は以前、協力するためには、考え方や目的をそろえる必要があると思っていた。同じ計画に従う。同じ方法で動く。同じ方向を見る。そうしなければ、一緒に仕事はできないと思っていた。

しかし、この街の会社は、それぞれ違っていた。

規模が違い、設備が違い、得意な技術が違う。価格も、仕事の進め方も、経営者の考え方も違う。

違いをなくして、一つになっているわけではない。それぞれが、別の会社として存在している。そのまま、必要なときにつながっていた。

むしろ、違うからこそ、つながる意味がある。自分にないものを、別の会社が持っている。別の会社にないものを、自分たちが持っている。一つの会社にそろっていない技術を、必要に応じて組み合わせる。

協力とは、同じになることではなかった。
違いを残したまま、つながることだった。

私は、競争相手を、自分の仕事の外側にいる存在だと思っていた。仕事を取るか、取られるか。勝つか、負けるか。しかし、この街では、競争相手が、一つの製品をつくる内側にも入っていた。

競争相手は、隣にいた。そして、その隣の会社が、自分たちの仕事を完成させるために必要になることもあった。

岸本 健志
岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係を育てるもの」へ転換すべきだと考えるようになった。

本書『共同編集』は、その思索の延長線上にある。一人の経営者と一つのAIによる長期間の共同編集をケーススタディとし、共有されたコンテクストが人間の思考・創造・判断へどのような影響を与えるのかを、観察者の立場から書き進めていく。

本書は、公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。本文中の観察・解釈は筆者個人によるものであり、特定のAI・製品・企業・人物の性能や評価を保証・断定するものではありません。