前回まで、私はEC業界で長く語られてきた「かご落ち率70%」という数字を追ってきました。そこで分かったのは、数字が正しいかどうかを論じる前に、「何を数えた数字なのか」「何を分母にした割合なのか」「誰が、どんな調査から出したのか」を確認しなければならない、ということでした。今回は、サブスクリプション業界で語られる、もう一つの数字――「チャーン(解約率)の20〜40%は、決済失敗による意図しない解約である」を取り上げます。
正直に言えば、私はこの数字を初めて見たときから、大きすぎるように感じていました。ただ、実務経験だけを根拠に「そんな数字はおかしい」と書くわけにはいきません。最初に確認すべきなのは、この20〜40%が、何に対する割合なのかです。
1. まず、「チャーン」とは何か
サブスクリプション業界でいう「チャーン(Churn)」とは、一般に、会員や契約者がサービスから離脱することを指します。月額会員の退会、動画配信の解約、SaaS契約の終了、定期購入の停止――これらはいずれもチャーンです。そして、チャーンは大きく二つに分けて説明されます。
これらはいずれもチャーンです。そして、チャーンは大きく二つに分けて説明されます。一つは自発的チャーン(Voluntary Churn)で、利用者が自らの意思で解約するケースです。価格が合わない、使わなくなった、他社に乗り換えた、満足できなかった、といった理由で起こります。
もう一つが非自発的チャーン(Involuntary Churn)です。利用者は続けるつもりなのに、カードの期限切れ・残高不足・再発行・延滞状態といった意思とは関係のない事情で、決済失敗などによって契約が終了してしまうケースを指します。今回追う数字は、この非自発的チャーンの話です。ただし「全会員の20〜40%」ではありません。発生したチャーン全体のうち、非自発的チャーンが占める割合として語られている数字です。
ここを取り違えると、話は最初から大きく変わってしまいます。
2. GoCardless社の記事に書かれていたこと
今回の出発点となったのは、銀行口座を利用した決済サービスを提供する GoCardless社(ゴーカードレス社)の記事でした。そこには、「サブスクリプションのチャーンの最大40%は、非自発的チャーンである」という説明があります。
さらに、サブスク分析サービス ProfitWell社(プロフィットウェル社)の共同創業者による発言として、「チャーンの20〜40%は、決済失敗・期限切れ・延滞状態のカードなどに起因する」という趣旨の言葉が紹介されています。
ここで重要なのは、GoCardless社 が「当社の調査では40%だった」と書いているわけではないことです。引用されているのは、ProfitWell社 の数字です。数字の流れを、確認できる範囲で整理するとこうなります。
まず ProfitWell社 が発信し、それを GoCardless社 が引用し、やがて「チャーンの最大40%は決済失敗」として流通していった、という順序です。
では、ProfitWell社 は何社を、どの業種を、どの国を、どの期間を対象に調べたのか。そして、いつの時点で「チャーンした」と判定したのか。現在確認できる GoCardless社 の記事からは、そこまでは分かりません。
20〜40%という発言は確認できる。しかし、その数字を再現できるだけの調査設計までは確認できない。――それが、まず到達した結論です。
3. 「最大40%」と「40%」は同じではない
もう一つ注意したいのが、数字の表現です。元の記事では「最大40%」「20〜40%」と、幅を持たせています。これは次のことを示しています。
- 事業によって差がある
- 条件によって変動する
- 40%は上限側の数字である
ところが、見出しや営業資料へ移ると、「チャーンの40%は決済失敗」と短くなりやすい。
元の記事では「最大40%」と上限であることを明示し、「20〜40%」と幅・条件をつけて語っていました。ところが短縮されると、「チャーンの40%」から「最大」が消え、「=決済失敗」から「20〜」という条件が消えてしまいます。
すると、特定条件下の上限値だった可能性のある数字が、業界全体の代表値のように見えてきます。これが、このシリーズで何度も見てきた「数字のひとりあるき」です。
4. StripeやRecurlyは、どう説明しているのか
GoCardless社 だけを見て結論を出すわけにはいきません。そこで、海外勢である Stripe や Recurly の説明も確認しました。
簡単に補足しておくと、Stripe(ストライプ)は、世界中のオンライン事業者に決済インフラを提供する米国発の企業です。ECの単発決済からサブスクリプションの継続課金まで、幅広い支払いをまとめて扱えるのが特徴です。一方のRecurly(リカーリー)は、その名(recurring=繰り返し)のとおり、サブスクリプションの継続課金・請求管理に特化した米国のサービスで、解約防止や決済失敗のリカバリーといった継続課金ならではの機能を得意としています。
Stripe は、非自発的チャーンを「期限切れカード、取引拒否、銀行側のエラーなどにより、利用者が意図せずサービスを継続できなくなること」と説明し、対策として次のような施策を挙げています。
- 決済処理の改善
- スマートリトライ
- 決済失敗通知
- 支払情報を更新しやすい仕組み
- 複数の決済手段
ただし、確認した Stripe の記事では「チャーンの20〜40%」という数字は使われていません。Stripe は現象と対策を説明していますが、その割合を一つの業界標準値としては示していないのです。
一方、Recurly の製品ページには「一部の業界レポートでは、チャーンの20〜40%が非自発的だとされている」という説明があります。ここでも「Recurly の自社調査で20〜40%だった」とは書かれていません。表現はあくまで「一部の業界レポートでは」です。
では、私たちが提供している継続課金基盤「PayAI NEXT」は、この問題をどう捉えているのか。手短に触れておきます。私たちも Stripe や Recurly と同じく、決済失敗による意図しない解約を減らすための仕組み(決済失敗の事前通知、リトライ、支払情報の更新導線、複数の決済手段など)を用意しています。ただし、そこで「チャーンの20〜40%は決済失敗です」といった一律の数字を掲げることはしていません。経験上、非自発的チャーンの割合は事業の商材・課金額・会員層によって大きく変わるため、まずは各事業者ごとの実データを計測することを起点に置いています。数字を売り文句にするのではなく、その事業にとっての実態を確かめる。それが私たちの姿勢です。
5. Recurlyの実データでは、何が見えるのか
Recurly は別のベンチマークページで、自社が扱うサブスクリプションデータに基づく数字を公表しています。そこでは、月次チャーン率の全体平均と、その内訳が示されています。
それによると、月次チャーン率の全体平均は3.27%。その内訳は、自発的チャーンが2.41%、非自発的チャーンが0.86%とされています(出典:Recurly 公表のサブスクリプション・チャーン ベンチマーク/2026年7月参照)。
0.86 を 3.27 で割ると、非自発的チャーンは全チャーンの約26%に当たります。確かに「20〜40%」というレンジの中には入っています。しかし、ここで数字を読み違えてはいけません。
これは「全会員の26%が毎月、決済失敗で解約している」という意味ではありません。会員を100人とすれば、平均的な月次チャーンは約3.27人。そのうち約0.86人が非自発的チャーン、という関係です。つまり「チャーンの約26%」と「全会員の約0.86%」は、同じデータを別の分母で表した数字なのです。
分母をチャーン全体に取れば、非自発的チャーンは 0.86 ÷ 3.27 で約26%。しかし分母を全会員に取れば、同じ非自発的チャーンは月次約0.86%にすぎません。
数字だけを見れば26%は大きい。けれど、会員全体に戻せば0.86%です。この分母の違いを説明せず「4人に1人が決済失敗で解約する」とだけ書けば、読者が受け取る印象は大きく変わります。
6. ここまでで分かったこと
この段階では、まだ「20〜40%は正しい」とも「間違っている」とも結論づけられません。分かったのは、次のことです。
- GoCardless社 は、ProfitWell社 の発言として「最大40%」を引用している。ただし公開記事だけでは、その調査対象や算出方法までは確認できない。
- Stripe は非自発的チャーンの存在と対策を説明しているが、確認した記事では「20〜40%」という数字を使っていない。
- Recurly は製品ページで「一部の業界レポートでは20〜40%」と紹介する一方、自社ベンチマークでは非自発的チャーンは全チャーンの約26%、全会員に対しては月次約0.86%という数字を示している。
つまり「20〜40%」は、少なくとも次のような数字です。
すなわち、これは全契約者の決済失敗率でも、全契約者の解約率でもなく、発生したチャーンの内訳を示す数字だ、ということです。
ここを確定せずに、自分の現場感覚と比較しても意味がありません。私が20年以上の実務で見てきた、有効期限切れ・洗い替え・年齢層・デビット/プリペイドカード・課金金額・リトライ後の回復といった話をするのは、この定義を確認したあとです。
次に考えるべきは、ProfitWell社 の20〜40%は、どのような事業を対象にした数字だったのか。そして、日本の継続課金事業へ、そのまま当てはめてよい数字なのか、という点です。
エビデンス・参考資料
本稿で参照した各社の公開情報:
GoCardless社(非自発的チャーンに関する解説記事。ProfitWell社 共同創業者の発言として「チャーンの20〜40%/最大40%」を引用)
ProfitWell社(サブスクリプション分析・収益改善サービス。上記数字の発信元)
Stripe(非自発的チャーンの定義と対策の解説。確認した記事では「20〜40%」の数値は不使用)
Recurly(製品ページの記述、およびサブスクリプション・チャーンのベンチマーク〈月次チャーン率・自発的/非自発的の内訳〉)
※ 各社の記述・数値は本稿執筆時点(2026年7月)で公表されていた内容に基づきます。引用元の調査対象・期間・算出方法の詳細は、公開記事からは確認できない部分があります。
本連載は公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。
よくあるご質問(FAQ)
おすすめしません。この20〜40%は「全会員」ではなく「発生したチャーンの内訳」を示す数字で、対象業種・国・期間・判定時点といった条件が公開資料からは確認できないことが多いためです。
まず自社で、全チャーンに占める非自発的チャーンの割合と、全会員に対する月次の割合を、分母を明示して分けて計測してみてください。同じデータでも、分母が変われば印象は大きく変わります。
いいえ。割合が小さく見えても、期限切れや残高不足はリトライやカード情報更新で回復できる余地があります。
本コラムは対策不要と言っているのではなく、根拠となる「数字」の分母と出どころを確認したうえで、対策の優先度を判断しましょう、という趣旨です。
「20〜40%」が、発生したチャーンの内訳を示す数字だということまでは分かりました。けれど、その元になった ProfitWell社 の数字は、そもそもどのような事業を対象にしたものだったのでしょうか。
そして――日本の継続課金事業へ、その数字をそのまま当てはめてよいのでしょうか。
次回(第5回)は、私が20年以上の実務で見てきた、有効期限切れ・洗い替え・年齢層・デビット/プリペイドカード・課金金額・リトライ後の回復といった「日本のカード事情」から、この数字を検証します。「数字のひとりあるき」は、まだ続きます。






