前回の最後で、私は一人の名前にたどり着きました。Patrick Campbell。「チャーン(解約率)の20〜40%は意図しない解約である」という数字の出どころを遡っていくと、繰り返し現れたのがこの名前でした。正直に言えば、私はその名前を知りませんでした。そこで今回は、数字ではなく、その人物そのものを調べてみることにしました。

数字の向こうには、どんな人がいたのだろう。

調査報告書でも、論文でもなく、一人の人物。その人が何者なのかが分からないまま、数字だけを信じることも、否定することもできない。だから今回は、少し寄り道をして、その人物の輪郭をたどってみます。

1. 私は、その名前を知らなかった

白状すると、私は勝手に想像していました。この数字を語った人は、大学教授か、研究者か、あるいはシンクタンクに所属する人だろう、と。「20〜40%」というきれいな数字は、そういう場所から出てくるものだと、どこかで思い込んでいたのです。

しかし、調べてみると違いました。Patrick Campbell 氏は、起業家だったのです。研究者ではなく、自らサービスをつくり、会社を経営してきた人物でした。ここでまず、私の前提が一つ崩れました。

2. 意外だったこと ― 研究者ではなく、起業家だった

経歴をたどると、こういう流れが見えてきます。Google で勤務した後、2012年に Price Intelligently という会社を創業する。その後、会社名は ProfitWell社(プロフィットウェル社) へと変わり、サブスクリプション企業に向けて、次のようなサービスを提供していきます。

まず出発点は Google での勤務。研究室ではなく、事業と数字の現場からキャリアを重ねていました。そして2012年に Price Intelligently(後の ProfitWell社)を創業し、サブスクリプション企業向けに価格・継続率・チャーンを分析するサービスを立ち上げる。その後は ProfitWell社 として、多くのサブスクリプション企業のデータを扱い、ベンチマークや分析を発信していきます。

つまり「20〜40%」という数字は、大学の研究室から出てきたものではなく、サブスクリプション企業の現場から生まれた可能性が見えてきました。数字の性格が、少しずつ分かってきます。

3. もう一つの意外 ― 外部資金に頼らず自力で育てた会社

もう一つ、意外だったことがあります。ProfitWell社 は、巨額のベンチャーキャピタル資金を調達して急成長した会社ではなかった、という点です。

大きな外部資金に依存せず、自ら利益を生みながら事業を成長させてきた会社だったのです。派手な調達で拡大したのではなく、事業として地に足をつけて育ってきた。その姿勢は、数字との向き合い方にも通じるように思えました。

そして2022年、ProfitWell社 は決済プラットフォームの Paddle に買収されます。買収金額は正式には公表されていません。ただ、海外メディアの報道では、約2億ドル規模だったと伝えられています。

※ 買収金額は正式には公表されておらず、上記は海外メディアの報道に基づく数字です。

4. なぜ世界中で名前が出てくるのか

ここでようやく、前回感じていた疑問が少し解けてきました。GoCardless社(ゴーカードレス社)、ProfitWell社、SaaStr、Podcast、業界イベント、インタビュー――どこを調べても、Patrick Campbell 氏の名前が繰り返し現れる。最初は「なぜこの人ばかり出てくるのか」と不思議に思っていました。

しかし理由は単純でした。彼の名前が何度も出てくるのは、単に講演をしていたからではなかった。サブスクリプション分析という分野で会社を立ち上げ、世界中の SaaS 企業へサービスを提供してきた実務家だったからです。

そう考えると、彼の話を引用する会社が多いこと自体は、それほど不思議ではなくなりました。数字を語る資格のある場所に、確かに彼はいた。少なくとも、それは分かりました。

ただし、それでも一次資料の問題は残ります。実務家が現場のデータを背景に語っている――それは数字の信頼性を高める材料です。けれど前回確認したとおり、「20〜40%」がどの対象を、どの条件で算出したのかを示す一次資料には、まだたどり着けていません。「語った人が信頼できそうだ」ということと、「数字の算出根拠がたどれる」ということは、別の話として扱っておきたいのです。

5. そして、もう一つ気になるものが現れた

さらに調べていくと、ProfitWell社 には、一つの製品があることに気づきました。その名前を見て、私はまた手が止まりました。

その製品の名前は Retain。直訳すれば「引き留める」「維持する」。チャーンを追ってきたこの連載にとって、これ以上ないほど示唆的な名前でした。

Retain――引き留める。この製品が何をするものなのか。そして、「20〜40%」という数字と、この製品名は、どうつながっているのか。数字の出どころを追っていたはずが、今度は一つの製品名の前で立ち止まることになりました。

……私は、またそこで手が止まった。

今回分かったのは、そこまでです。数字の後ろにいたのは、研究者ではなく、外部資金に頼らず自力で会社を育てた一人の起業家だった。そして、その会社には Retain という製品があった。次回は、その製品に踏み込みます。

エビデンス・参考資料

本稿で人物・会社の輪郭を追う過程で参照した公開情報:
ProfitWell社(Paddle)(サブスクリプション分析サービス。Price Intelligently として2012年創業、後に ProfitWell社 へ)
Paddle(2022年に ProfitWell社 を買収した決済プラットフォーム)
SaaStr(Patrick Campbell 氏が出演し、サブスクリプションの価格・継続率について語った Podcast・イベント)
GoCardless社(「チャーンの20〜40%」を Patrick Campbell 氏の発言として引用した解説記事)
※ 買収金額(約2億ドル規模)は正式には公表されておらず、海外メディア(Reuters / Bloomberg 等)の報道に基づく数字です。経歴・創業年などは各社の公開情報および公表された報道に基づき、本稿執筆時点(2026年7月)で確認できた範囲で記述しています。
本連載は公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。

よくあるご質問(FAQ)

QPatrick Campbell とは何者ですか?
A

サブスクリプション分析の分野で知られる起業家です。Google で勤務した後、2012年に Price Intelligently を創業し、後に社名を ProfitWell社 へ変更。MRR・チャーン分析・価格戦略・継続率分析などのサービスをサブスクリプション企業向けに提供してきました。

ProfitWell社 は2022年に Paddle に買収されています。大学の研究者やシンクタンクの人物ではなく、現場でサービスを提供してきた実務家である、という点が確認できました。

Q「20〜40%」は研究論文から生まれた数字ですか?
A

公開された一つの論文に由来すると確認できたわけではありません。本稿で追えた範囲では、この数字はサブスクリプション分析サービスを運営する企業の現場と、その創業者である Patrick Campbell 氏の発信から広がった可能性が見えてきます。

研究室の数字ではなく、事業の現場から出てきた数字である可能性が考えられる、という段階です。算出根拠となる一次資料については、引き続き追っています。

岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。

30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係(Relationship)を育てるもの」へ転換すべきだと確信。現在は、AI時代における次世代のシステム設計思想として「Relationship OS」を提唱しています。

また、自身も宿泊施設の運営で現場に立ち続け、『起きている時間はすべて仕事であり、システムへの探求』という圧倒的な熱量で、会員ビジネスの未来に向き合っています。

「人との関係は設計できるのか」という問いに、これからも人生をかけて愚直に向き合い続けていきます。

次回予告

数字の後ろにいた人物は、研究者ではなく、外部資金に頼らず自力で ProfitWell社 を育てた起業家でした。そして私は、その会社に Retain という製品があることを知って、手が止まりました。

「引き留める」という名の製品は、いったい何をするものなのか。

次回(第7回)は、この Retain という製品に踏み込みます。チャーンを語る数字と、チャーンを減らすと謳う製品。その二つがどうつながっているのか。「数字のひとりあるき」は、まだ続きます。

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