「かご落ち率70%」――ECに関わっていれば、一度は耳にする数字だと思います。けれど私には、ずっと引っかかっていることがあります。私が現場でこの問題を初めて聞いたとき、「70%」という数字は、まだどこにもありませんでした。
私が最初に聞いた「カート途中離脱」
当時、この話を聞いたとき、私はまだ20代後半でした。2000年代の半ばから後半。女性向け通販やアパレルECが急成長していた時代です。
ベルメゾン(千趣会)、ニッセン、セシール、ディノスといった通販大手がECに力を入れ始め、girlswalker(東京ガールズコレクション)やZOZOTOWNといった新しいファッションEC・ファッションメディアも登場していました。
私はある大手通販会社のネット事業責任者から、サイトリニューアルの相談を受けていました。そこで語られたのが、「カートの途中離脱を減らしたい」という話でした。カートに商品を入れた人の多くが、購入まで至っていない、と。
この話を聞いて、私は正直、驚きました。そして、思わず聞き返したことを覚えています。
「カートに入れたのに買わない人が、そんなにいるんですか?」
当時の私には、その発想自体が新鮮でした。売上を伸ばすなら、集客を増やす、話題を作る、商品力を上げる——そういう話だと思っていたからです。しかし、その責任者が見ていたのは違いました。「購入しようとしている人が、途中で離脱している」という現象です。
興味深いのは、このとき「かご落ち率70%」という言葉は出てこなかったことです。語られていたのは、「カートに入れた人が、どこで離脱しているのか」という、極めて現実的な課題でした。
リニューアルブームの時代
2000年代後半になると、サイトリニューアルそのものは珍しいことではなくなっていました。特に女性向け通販やアパレルECでは、ブランドイメージの維持、デザインの刷新、ユーザー体験の改善のため、定期的なリニューアルは半ば当然の取り組みでした。
そこへ、広告会社、Web制作会社、システム会社ものっかります。「ブランドを刷新しましょう」「ユーザー体験を改善しましょう」「最新システムへ移行しましょう」——そんな提案が次々と持ち込まれ、リニューアル市場は大きなビジネスになっていきました。実は私自身も、その流れの中にいた一人です。
しかし現場では次第に、「サイトを新しくしただけで売上が伸びるわけではない」という認識が広がっていきました。リニューアルは必要です。ブランドとしても、避けて通れない。けれど、それだけでは売上は保証されない。
売上を伸ばす方法は、限られていた
当時のEC担当者が考えていた売上向上策は、突き詰めれば3つしかありませんでした。
- 話題を作る。莫大な広告費やPR、キャンペーンで集客する。CanCam、ViVi、JJといった女性誌とのタイアップ、girlswalker(東京ガールズコレクション)、人気モデルやタレントの起用、テレビCM……。しかし、大きな予算を使っても成功する保証はない。話題づくりは重要でしたが、現場担当者が直接コントロールできるものではありませんでした。
- 価格を下げる。最も効果が分かりやすい。しかし、利益も減る。値下げ競争は、長くは続けられません。
- 購入率を上げる。理論上は、最も合理的でした。しかし問題は、「どうやって購入率を上げるのか」だったのです。
なぜ、カート途中離脱が注目されたのか
私の仮説では、当時カート途中離脱が注目された最大の理由は、ただひとつです。
数字として、見えたから。
売上が伸びない「理由」そのものは、分かりません。一方で、行動の「数」は把握できます。この非対称こそが、現場の目を一点に集めました。
測りにくいもの
数字で見えるもの
話題づくりは経営判断であり、価格変更は利益への影響が大きい。一方でカート途中離脱は、現場の担当者が自ら分析できる、数少ない指標でした。私は、これが当時カート途中離脱が重視された理由の一つだったのではないかと考えています。もちろん、これは私自身の仮説です。
カート途中離脱は、本当に問題だったのか
当時の私は、ネット事業責任者の話を聞いて、素直に驚きました。確かに数字を見ると、カートに商品を入れた人の多くが購入に至っていないように見える。だから、現場がそこに注目したことも理解できました。当時は、その話を聞いて「なるほど」と思った記憶のほうが、強いのです。
ただ、一人の利用者としてネット通販を使っている感覚では、カートに入れたからといって、必ず買うわけではないようにも思えました。もっとも、そのときは明確な根拠があったわけではありません。単なる、感覚に過ぎなかった。
しかし後になって、「かご落ち率70%」という数字が業界で語られるようになったとき、私は再び、同じ疑問を思い出すことになります。
私が2000年代の半ばから後半に聞いていたのは、「カート途中離脱を減らしたい」という現場の悩みでした。少なくとも当時、「かご落ち率70%」という言葉を聞いた記憶はありません。
では、その「70%」という数字は、どこからやってきたのだろうか。
そして、いつから「かご落ち率70%」が、業界の常識になったのだろうか。次回・第2回「なぜ『70%』は常識になったのか」で、その数字の出どころを追います。


