前回、私は「チャーン(解約率)の20〜40%は、カード決済失敗などによる意図しない解約である」という数字を追いました。その結果、この数字は全会員ではなく、発生したチャーンの内訳として語られていることが分かりました。

しかし、どういう成り立ちでこの数字ができたのか。世の中で語る数字にしては、20〜40%は大きい。

この数字は、どのようなデータから生まれたのだろう。そして、誰が最初に語り始めたのだろう。

今回は、その原点を追ってみたいと思います。結論から言えば、私は最後まで、その数字を再現できる一次資料にたどり着けませんでした。今回はその「たどり着けなかった記録」です。

1. 最初に見つけたのは GoCardless社 だった

出発点は、銀行口座を利用した継続決済などを提供する GoCardless社(ゴーカードレス社)の記事でした。そこには、「サブスクリプションのチャーンの最大40%は、意図しない解約である」という趣旨の説明が書かれていました。

ただ、よく読むと、これは GoCardless社 自身が行った調査として紹介されているわけではありません。引用元として登場するのは、ProfitWell社(プロフィットウェル社) という会社でした。さらに、その共同創業者による発言として、「チャーンの20〜40%は、決済失敗、期限切れ、延滞状態のカードなどに起因する」という趣旨の言葉が紹介されています。

つまり、GoCardless社 の記事に載った「20〜40%」は、GoCardless社 が独自に算出した数字ではなかった。まず一つ、引用を遡ることができました——ProfitWell社 の発言を GoCardless社 が引用し、それが「チャーンの最大40%は決済失敗」として流通していった、という順序です。

2. ProfitWell社 とは何か

そこで、ProfitWell社 について調べてみました。ProfitWell社 は、サブスクリプション事業者向けに MRR・チャーン・継続率などを分析するサービスを提供してきた会社で、現在は Paddle の傘下に入っています。サブスクリプションに関する大量のデータを扱い、業界向けの分析やベンチマークを発信してきました。

そのため、「ProfitWell社 によると」と書かれていれば、何らかの大規模な分析に基づく数字のように見えます。実際、創業者が出演した SaaStr の Podcast では、2万3,000社を超える企業のデータを基にしたベンチマークが紹介されています。

ここまで見ると、「20〜40%」にも同じようなデータ上の根拠があるように思えます。しかし、私はそこで止まれませんでした。

知りたいのは「ProfitWell社 が多くのデータを持っていた」ことではなく、その20〜40%が、具体的にどのデータから算出されたのかだからです。

3. 何社を、どの条件で調べたのか

数字の意味を確定するには、少なくとも次のことが分からなければなりません。ところが、GoCardless社 の記事を読んだだけでは、そこまでは確認できませんでした。

こうした条件が分からなければ、数字の適用範囲も分かりません。分かったのは、ProfitWell社 の共同創業者が「20〜40%」と語っている、というところまででした。

4. StripeやRecurlyも調べてみた

GoCardless社 だけを読んで結論を出すわけにはいきません。そこで、海外勢である Stripe や Recurly の説明も調べてみました。

Stripe は、意図しない解約について詳しく解説しています。カードの有効期限切れ、取引拒否、銀行側のエラー、決済情報の更新漏れ。そして、その対策として次のような施策を挙げています。

現象そのものについては、かなり具体的です。しかし、確認した Stripe の記事では「チャーンの20〜40%」という数字は使われていませんでした。

一方、Recurly では、非自発的チャーンに関するベンチマークや対策が紹介され、業種や価格帯によってチャーン率が異なることも示されています。ここからも、サブスクリプションのチャーンを一つの共通数値だけで説明するのは難しいことが分かります。それでも、別の記事を調べると「ProfitWell社 によれば、非自発的チャーンは全チャーンの20〜40%を占める」という説明が再び現れる。引用を追うと、また ProfitWell社 へ戻ってきます。

ここで、私は一つの読み違いに気づきました。私は最初、この数字を「全会員の20〜40%」と読んでいたのです。しかし、引用元の記事を読み直すと、どれも

という表現になっている。つまり、ここで語られている20〜40%は、チャーン全体の内訳として使われている数字であり、全会員に対する割合ではない、と読むのが自然です。分母を取り違えれば、同じ数字でも受け取る印象はまったく変わってしまいます。

5. 引用元は見つかる。しかし、一次資料が見つからない

ここまでの流れを整理すると、こうなります。

GoCardless社 も、別のチャーン解説記事も、海外のサブスク記事も、それぞれが「20〜40%」を語る。しかし引用をたどると、どれも ProfitWell社 へ戻っていきます。

引用はある。引用元の会社も分かる。発言した人物の名前も見えてくる。それでも、何社を、どの条件で分析し、どの計算によって20〜40%になったのかを確認できる一次資料――調査報告書や論文には、なかなかたどり着けませんでした。

この状態では、数字を否定することもできない。同時に、あらゆるサブスクリプションに当てはまる業界標準だと断定することもできない。

6. Baymardの「70%」とは少し違う

ここで、第2回で追った「かご落ち率70%」との違いが見えてきました。

Baymard の70%は、複数の調査を集約した平均値として数字が公開され、調査の構造をある程度たどることができました。しかし今回の20〜40%は、少し様子が違う。数字は広く知られ、多くの記事が引用し、元をたどると ProfitWell社 へ行き着く。それでも、算出過程を説明する一次資料には簡単にたどり着けない。

これは「調査結果が引用されて広がった」というよりも、ある専門家の発言が、講演やインタビューを通じて広がった可能性も考えなければなりません。

7. 二次情報は、引用されるほど強く見える

二次情報だから、ただちに信用できない、という話ではありません。専門家が自社で扱う膨大なデータを基に語っている可能性もある。一般公開されていない社内分析があるのかもしれない。論文という形式を取らなくても、実務上価値のある知見は存在します。

ただし、引用が繰り返されると、少し不思議なことが起きます。

最初の記事がある発言を紹介し、次の記事がその最初の記事を引用し、やがて「複数の業界記事で語られている」という状態になっていく——という連鎖です。

引用回数は、独立した調査の数ではありません。引用された回数そのものが、数字の信頼性のように見えてくる。しかし、十の記事に書かれていても、すべてが同じ一人の発言を引用しているのであれば、独立した十の調査が存在するわけではありません。十本の記事が、一つの情報源を回しているだけかもしれない。これが、二次情報を追う難しさです。

8. 論文ではなく、講演やインタビューだったのか

さらに調べていくと、一人の人物の名前が何度も現れるようになりました。GoCardless社 の記事に引用された発言。ProfitWell社 についての記事。SaaStr の Podcast。業界イベントの講演。インタビュー。そこに何度も登場する名前がありました。

GoCardless社 の記事では、「チャーンの20〜40%」がある人物の言葉として引用されていました。SaaStr の Podcast では、その同じ人物が2万3,000社超のデータを背景に、サブスクリプションや価格、継続率について繰り返し語っている。そして、たどり着いた名前が Patrick Campbell——ProfitWell社 の創業者でした。GoCardless社 の「20〜40%」も、彼の言葉として紹介されていたのです。

つまり、現時点で確認できたのは次の二つです。

正直に言えば、私はここで思いました。

「誰だ、それ。」

――ここまで調べて、今回分かったのはそこまでです。数字の後ろに、一つの調査報告書ではなく、一人の人物がいた。次回は、その人物と、彼が語った数字の「中身」に、もう一歩踏み込みます。

エビデンス・参考資料

本稿で引用を遡る過程で参照した各社の公開情報:
GoCardless社(非自発的チャーンの解説記事。ProfitWell社 共同創業者 Patrick Campbell 氏の発言として「チャーンの20〜40%/最大40%」を引用)
ProfitWell社(Paddle)(サブスクリプション分析サービス。上記数字の発信元とされる)
SaaStr(Patrick Campbell 氏出演の Podcast。2万3,000社超のデータに基づくベンチマークに言及)
Stripe(意図しない解約の定義と対策の解説。確認した記事では「20〜40%」の数値は不使用)
Recurly(非自発的チャーンのベンチマークと対策。業種・価格帯による差を提示)
※ 各社の記述・数値は本稿執筆時点(2026年7月)で公表されていた内容に基づきます。「20〜40%」については、算出の対象・期間・方法を示す一次資料を、公開記事の範囲では確認できませんでした。
本連載は公表されている技術仕様・公式ドキュメントと、筆者の長年の実務経験・考察をもとに構成しています。

よくあるご質問(FAQ)

Q「チャーン20〜40%」の一次資料(調査報告書)は見つかりますか?
A

現時点では、算出過程を示す公開された一次資料に簡単にはたどり着けません。多くの記事が引用していますが、元をたどると分析サービス ProfitWell社、およびその共同創業者 Patrick Campbell 氏の発言に行き着きます。

公開された一つの論文から広がったとは確認できず、講演やインタビューを通じて広がった可能性も考えられます。

Q二次情報だから信用できない、ということですか?
A

いいえ。専門家が自社で扱う膨大なデータを基に語っている可能性は十分にあります。ただし、引用された回数の多さは、調査の独立性を意味しません。

十の記事が同じ一つの発言を引用しているだけかもしれない。数字を使う前に、その分母と出どころを確認しておきたい、という趣旨です。

岸本 健志
会員ビジネスLab 主任研究員 / ハートランドITイノベーション代表

1997年よりインターネット業界に従事。2007年の創業以来、EC、メディア、SaaS、コミュニティサイトなど数多くの会員ビジネスの立ち上げと成長を支援。

30年近く会員システムの設計・運用に携わる中で、システムは「会員を管理するもの」から「人と人との関係(Relationship)を育てるもの」へ転換すべきだと確信。現在は、AI時代における次世代のシステム設計思想として「Relationship OS」を提唱しています。

また、自身も宿泊施設の運営で現場に立ち続け、『起きている時間はすべて仕事であり、システムへの探求』という圧倒的な熱量で、会員ビジネスの未来に向き合っています。

「人との関係は設計できるのか」という問いに、これからも人生をかけて愚直に向き合い続けていきます。

次回予告

出どころをたどると、繰り返し現れたのは一人の名前でした。Patrick Campbell。けれど、私はその人物を知りませんでした。数字の後ろにいたのは、調査報告書ではなく、一人の人だった。

その人は、いったい何者なのか。

次回(第6回)は、数字ではなく人物を追います。研究者だと思っていた相手は、実は起業家だった――「数字のひとりあるき」は、まだ続きます。

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